第8話2

文字数 840文字

 道中にはほとんど明かりがなく、城下町と比べると閑散とした印象だった。


「本当に出歩いている人がいないんだ」


「お侍様からも暗くなってからの外出は控えるようにと言われていますから」


 浜田屋は船坂町の中心からやや北にあった。

 大きな通りに面していて、なかなか立派な建物だ。

 一見すると旅籠というよりはお店のようにも見える。

「クンクンクン……なんだか変わった匂いがするなあ」


 僕の言葉に翠寿が鼻をつまんでいた手を離して匂いを嗅ごうとしてまた涙目になる。

「なんもにおいわからへん……」


「もとは油問屋だったのですが旅籠もするようになったのだと聞いています。今でも油を扱っているのでそのにおいでしょうね」


「旦那様。お客様がお越しです。こちらでしばしお待ちください。ただ今、体を拭くものと足を洗う桶を用意してきます」


「はいはい、ようこそお越しくださいました。お泊りは五人様でしょうか」
「はい。とりあえず素泊まりで一泊お願いします」

「それでしたらお一人様二千圓となります。部屋を貸し切るのでしたら二万圓になりますが――」


 主人の視線は軒下で頭巾を取り、体を震わせて水を切る翠寿へ向けられている。


「――じ、人狼!?」


 その言葉に翠寿がぱっと頭巾を被り直す。

 それから恐る恐るといった風に顔を上げた。

「こ、困りますねえ。うちではそういう人たちはちょっと……」

 不機嫌そうな声。

 申し訳なさそうな翠寿と紅寿、そして澪の表情。


 なんだこれは。

 こんなことがこの世界では許されるのか。

「清正君。私たちは別に宿に泊まらなくてもいいから……」


 一瞬、世界が赤く染まったのかと思った。

 カッとなっているのを自覚する。

「部屋は借り切りでお願いします! これだけあれば十分でしょう!」
 懐から財布を出して、床に十万圓を叩きつける。
「桶の用意ができました。こちらで足をお拭きください」
「部屋を一つ借り切りました。案内してください。桶はそこで使わせてもらいます」
「え? あの……お客様!?」
 悔しくて悲しくて堪らなかった。
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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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