第15話1 酒宴

文字数 885文字

 宴の熱気はゆっくりと冷めていく。


 寝息が部屋のあちこちから聞こえてくる。

 葵は三人の体に掛け布団をかけていた。


「久しぶりに楽しい酒だ」


 柄樽はとっくの昔に空になっており、今は十水さんの火酒を水で割って飲んでいる。

 房島屋で飲んだ火酒とは比べ物にならないほどまろやかな口当たりとのど越しだった。

「この火酒は先日飲んだのとは別物です。角がなくて美味しいです」
「当たり前だ。なにしろ百年モノだからな」
「ごほっ、ごほっ。そ、それは貴重なものなのでは……」

「気にするな。遠くから友が来る、戦いに勝つ、門出を祝う。どれも酒宴をすべきだからな」


「今回のはどれに該当するんでしょうか」
「フム……珍獣を見かけたからというのはどうだ」
「どうだと言われましても。しかし珍獣ですか……」
 自然、僕の視線は部屋の隅で寝ている澪に向けられる。
「小僧も人のことは言えんと思うがの」
「はあ……」
「酒をお注ぎしましょうか」
「いや、もういいよ。かなり飲んじゃったし」
「竜泉寺様はいかがですか」
「いただこう」

 平たい土瓶は十水さんの好みに割水された火酒で満たされている。

 なみなみと注がれた火酒をぐいとあおる。

「くはァ。ウムウム。花鳥風月を愛でながら一人で飲むのもいいが、こうして誰かと飲むのもまたよいものだ。楽しい酒を共にできる者は貴重だからな。というわけで褒美をやろう。受け取るがよい」
「これは……まさか水縹の勾玉!? どうしてこれを?」
「小僧たちがここを訪れる前に勾玉を持ってきたから見てほしいと来た者がいてな。そういう話は聞いておったがどうにも嫌な感じがしたのだ。いろいろあってああなった」
「その色々の部分をもう少し詳しく聞かせていただいてもいいですか」

「なんだ、存外細かいところを気にする男だったか。とはいえ語ることは本当にないぞ。事前に勾玉を見てほしいという手紙を受け取っておったが差出人の名は出さぬし、礼儀もなっておらんかった。儂の怒りを受けるには十分すぎる理由であろう。それに儂には嘘を見抜く力があるからな」


 冗談めかして笑いながら左眼の下を指で触れると目尻にある鱗状のモノが妖しく光った。


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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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