第24話3
文字数 1,132文字
雨に打たれてずぶ濡れなので改めて水を被る必要もない。
それに全身に鎧を纏っている分、多少は火にも耐えられるだろう。
両手を上げ顔を守るようにして燃え盛る建物に突っ込んだ。
あっという間に鎧の表面から水分が蒸発し、湯気が上がり始める。
崩れ落ちた柱を飛び越え、奥へと足を進める。
崩れ落ちてくる木材に気を付けながら更に奥を目指す。
耳を澄ますけれど、聞こえてくるのはごうごうと燃え盛る炎の音ばかりだ。
形を留めていない障子を蹴破って僕たちが借りていた部屋に入ると、中央辺りにうつ伏せで倒れている人を見つけた。
小袖姿に後ろで縛った髪。
倒れているのは小柄な女性だ。
視線を下ろすと八鶴さんの細い手が僕のお腹へと伸びていた。
彼女の手は何かを握っている。
部屋中が炎の赤で染められているせいか、その鮮やかな藍の色はやけに鮮烈だった。
槍が僕の体を貫いていた。
体を守るはずの鎧も貫通している。
瞬きをした瞬間、彼女の手にあった槍が消えていた。
うつ伏せに倒れそうになるのを、咄嗟に手を伸ばして体を支える。
僕に抱き起されていた八鶴さんは膝の上からころりと転がり、少し離れた場所ですっくと立ち上がった。
顔を上げる。
八鶴さんの姿をしたものがこちらへ向けて右手を伸ばす。
何もなかったはずの手に藍色の柄をした槍が握られていた。
穂先は僕の喉元にある。
「ああ、よかった。この槍に見覚えはあるんですね。忘れられていたらその説明から始めなければなりませんでしたから手間が省けました。でも一応名乗っておきましょうか。私は人ではありません。人ならぬもの。人外の化生です。天槍・逢初という銘を持つ槍の九十九です」
白い顔は炎に照らされているけど間違いなく八鶴さんだ。
三桜村の底なし沼に沈んでいった男とは似ても似つかない。
槍はどうなったのか?
鶯色の機巧武者は沼に沈み切る直前、僕へ向かって槍を投げた。
その槍の行方は知らない。だって気にするはずがない。