第24話3

文字数 1,132文字

 雨に打たれてずぶ濡れなので改めて水を被る必要もない。

 それに全身に鎧を纏っている分、多少は火にも耐えられるだろう。

 両手を上げ顔を守るようにして燃え盛る建物に突っ込んだ。

「八鶴さーん!」

 あっという間に鎧の表面から水分が蒸発し、湯気が上がり始める。


 崩れ落ちた柱を飛び越え、奥へと足を進める。

「八鶴さん! どこですか! 返事をしてください!」

 崩れ落ちてくる木材に気を付けながら更に奥を目指す。

「誰かいませんかー! 助けにきましたー!」


 耳を澄ますけれど、聞こえてくるのはごうごうと燃え盛る炎の音ばかりだ。


 形を留めていない障子を蹴破って僕たちが借りていた部屋に入ると、中央辺りにうつ伏せで倒れている人を見つけた。

「大丈夫ですか!」

 小袖姿に後ろで縛った髪。

 倒れているのは小柄な女性だ。

「八鶴さん! 大丈夫ですか? しっかり――」
 抱き起した瞬間、腹部を貫く熱い感覚に戸惑いを覚える。
「な、ん……これ……?」

 視線を下ろすと八鶴さんの細い手が僕のお腹へと伸びていた。

 彼女の手は何かを握っている。

 部屋中が炎の赤で染められているせいか、その鮮やかな藍の色はやけに鮮烈だった。

「がはっ! ぐ、ぐぅぅぅ……」
 腹から背中へ抜ける強烈な痛みが事態を教えてくれる。
「こ、これ……は……」

 槍が僕の体を貫いていた。

 体を守るはずの鎧も貫通している。

「な……こんな……どう、し……」

 瞬きをした瞬間、彼女の手にあった槍が消えていた。

 うつ伏せに倒れそうになるのを、咄嗟に手を伸ばして体を支える。


 僕に抱き起されていた八鶴さんは膝の上からころりと転がり、少し離れた場所ですっくと立ち上がった。


 顔を上げる。


 八鶴さんの姿をしたものがこちらへ向けて右手を伸ばす。

 何もなかったはずの手に藍色の柄をした槍が握られていた。

 穂先は僕の喉元にある。

「なんで……この……やり、が……」

「ああ、よかった。この槍に見覚えはあるんですね。忘れられていたらその説明から始めなければなりませんでしたから手間が省けました。でも一応名乗っておきましょうか。私は人ではありません。人ならぬもの。人外の化生です。天槍・逢初という銘を持つ槍の九十九です」

 白い顔は炎に照らされているけど間違いなく八鶴さんだ。

 三桜村の底なし沼に沈んでいった男とは似ても似つかない。

「まさ、か……そんな。だってあの時、槍は――」

 槍はどうなったのか?


 鶯色の機巧武者は沼に沈み切る直前、僕へ向かって槍を投げた。

 その槍の行方は知らない。だって気にするはずがない。

「この体に憑くまでは本当に苦労しましたよ。でもよかったです。あなたの顔を忘れてしまう前に再び会うことができて」
 にぃと八鶴さんだったモノの口の端が捲れ上がった。
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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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