第14話4

文字数 1,061文字

「んく、んく、んく……くはァ。いやァ、旨い! これは小僧が選んだ酒か?」
「行きつけの料理屋がいいお酒を出すので、そこの人に選んでもらいました」
「そうか。うむ、信頼できる者を見極められることもまた大事よな」

 酒宴が始まってからというもの杯が乾く暇もない。

 このペースで飲めば澪がいい気分になるのは必至である。

「よぉ~し、紅寿。次はあれやりん。あれ」

 伸ばした人差し指をくるくると回しながら随分とアバウトな指示を出す。


 紅寿は戸惑うこともなく土間へ降り、こちらへ頭を下げる。


 そしてその場でバク転をする。

 続けてバク転、バク転、バク転……足を下ろす場所は常に一定で動かない。まさに軽業師だ。

「オウオウ! いいぞいいぞォ! 流石は人狼の娘よ。身軽よなァ。よォし、次は小僧だ。何か芸をしてみせろ」
「いいねいいねぇ~。清正君の宴会芸、見せてみりん」
「わかりました。じゃあ、翠寿に手伝ってもらおうかな」
「なにしたらいいだらぁ」
 使っていない長羽織を十水さんから借りて、部屋の隅で作戦会議をする。
「……ということなんだけど、できるかな」

「うん……じゃない、はい! そんなんわけないだらぁ」

「それでは上手くできましたら拍手をお願いいたします」
「つまらぬ芸だったら雷が落ちるから覚悟しておけよ。クハハハッ」
 翠寿には長羽織の袖に腕を通さずに肩で羽織らせ、僕は背中に回って両手を袖に通す。
「ほんじゃあ、ごはんをたべまい。えっと、右手におはしをもつじゃん。あ、そこじゃないだらぁ。そう、そっち。もうちょこっと……そこじゃん。今度は左手でおわんをもつじゃん。そんなぐろじゃなくてもっと右……そうそう、そのへん」
 翠寿から指示をもらってなんとかお椀を左手に持つことができた。
「ほんじゃあ、ごはんをたべるじゃん。あ、もっと下。いきすぎだらぁ。そう、そこじゃん! じょーずじょーず。そんなようけとらんでもいいでね。うんうん、ちゃんとごはんとれとるよ。こんどはあたしの口のところへ……あ、そんなに上じゃないもんで、もっと下のほうに……はむっ。もぐもぐ……たべたじゃん!」
 四人の拍手が重なる。
「ウムウム。なかなかよかったぞ。いい芸であった。褒めてやろう!」
「翠寿すごーい! だらかわいい!」
「……っ」
「お二人とも素晴らしい芸でした」
「はくしゅしてもらったじゃん!」
「そうだね。翠寿が手伝ってくれたからだよ。ありがとう」
「えへへ。がんばっただらぁ!」

 ニコニコ顔の翠寿の頭を撫でてあげる。

 社員旅行でやった二人羽織がこんなところで役に立つとは思わなかった。

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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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