第6話4

文字数 618文字

 川面を渡る風に目を細めながら景色を眺めていると気が付いたことがあった。


「こちら側の岸は随分と綺麗ですね」
 進行方向の右側、つまり明科川の西側は土と石で法面されており、青々とした葉が揺れている。
「ありゃあ柳の木だよお。なんでも根っこをしっかり張ってくれるんで堤防が崩れにくいって話さあ。こっからだと土手の向こうは見えないけどよお、あそこに中善(なかのり)街道があるのさ」

 城下町を南北に走る中善街道は、北の白相国(しらそうのくに)と西の赤武国(あかぶのくに)に繋がる大道だ。

 国内外の様々な物資がこの街道を通じて各地へ運ばれていく。文字通り関谷国の大動脈だ。


「反対側はところどころに切れ目があって中途半端ですね。工事の途中なのかな」
「ありゃあ大雨の時に川の水をあっち側に流すためさあ。あの切れ目から水が流れ込むと溢れた川の水の量が減らせるだろお。そんで洪水が終わったら自然に水が戻るって寸法さ」
「向こうは遊水池になっているんですね」

 洪水が起きたら意図的に東側へ水を溢れさせ、西側にある重要な街道を守ることができるわけか。なかなか合理的だ。


 船旅は順調だった。

「うぅ、ううう……」

 ただ一人を除いて。
「大丈夫?」
「う、うん……なんとか……」
 澪は真っ青な顔をしていた。どうやら船酔いらしい。
「お嬢ちゃん、気持ち悪いのなら吐いちゃった方が楽になるよお。遠慮しなさんな」
「もう……だめ、かも……」
 そう呟いた澪は舟縁から上半身を乗り出した。
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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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