第19話2

文字数 919文字

『――構エヨ』
「応!」

 澪は腰を落とし、両手で弓を持つ。

 そして弭槍を相手に向けた。


 鎧武者も同じように構える。

 互いの切っ先が触れ合うほどの距離だ。

『――来イ』
「はっ!」
 大きく一歩を踏み込んだ澪の穂先が鎧武者の喉元を突く。
『――其ノ思イ切リヤ良シ』

 澪の一撃は武者の喉元を正確に貫き、背中からは鳥打の半ば辺りまで突き出ている。


『――矢ガ尽キヨウト戦ウ事ハ可能。死中ニ活ヲ求メヨ』
「はい」
 澪が構えを解くと、鎧武者も弓を下ろした。
「……あの、あなたは私のご先祖様を知っているんですよね? みんな、戦場で勇敢に戦ったんですか?」
 鎧武者の首が頷くように僅かに動いた。
「では水縹があなたなんですか?」
『――我ハ水縹ニ非ズ。水縹ト共ニ戦イシ者達ノ残滓』

「教えてください。みんなどうやって戦ったんですか? 正直、私は戦いなんて嫌です。怖いです。できれば逃げ出したい……でも自分のお役目があるから放り出すこともできなくて。私、本当に戦えるんでしょうか?」


 鎧武者は答えなかった。無言のまま澪を見下ろしている。

 ジワジワと霧が拡散していく。

『――今代ノ主ヨ。水縹ヲ頼ム』
 そう言い残して黒い霧は消えた。
「清正さま、みてみりん!」

 周囲を取り囲んでいた雲が動画を逆再生するように消えていくところだった。

 なんだか随分と長い時間だった気もするし、あっという間だったようにも思う。


「無事だったか」


「なんとか無事に済んでよかったですよ。水縹の勾玉はどうなりましたか」
「ほれ、この通り」

 差し出された手のひらには微かに緑みがかった水色の石が乗っている。


「綺麗になってますね。ちゃんと濁りが取れたってことですか」
「本当に!?」
 がしっと十水さんの腕を澪が捕まえた。
「ちょ、何をする。力一杯握るでない! 痛ッ。痛い! おい、本気か!? 勾玉が割れるぞ! いや、その前に儂の骨が砕ける!」
「これが水縹の本当の色なんだ……よかった。本当によかったぁ……」
「オイ、小僧! 笑っていないで小娘をなんとかせい! 儂を助けよ!」

「きれいだねぇ。これで水縹にやっと会えるよ~」


 澪の目が据わっていて怖かったので十水さんを助けるのに躊躇してしまったのはここだけの話にしておこう。


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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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