第11話4

文字数 482文字

 房島屋を出ると潮の香りを含んだ風が南からゆるく吹き付ける。

 紅寿と翠寿は涙目で鼻をつまんでいた。

「悪いけどもう少し我慢してね」

「はぁい……」


 急ぎ浜田屋へ戻ると八鶴さんが桶を手に通りに水を打っていた。
「おかえりなさいませ」
「いえ、戻ったわけじゃないんです。僕たちがいない間に誰か宿に来ませんでしたか」
「昨日のお客様は不吹様たちお一組だけですが……」
「客ではなく、僕たちを訪ねてきた人なんです。それで何か預かっているんじゃないかと思うんですけど。お店の他の人から何か聞いてませんか」

「いいえ、何も。そもそも宿にきた男の人は一人もいませんが」

「どうしよう……どうしよう、どうしようどうしようどうしよう……」
「澪。澪! しゃんとして!」
「清正君……」
「僕たちだけじゃこれ以上できることはないから代官所へ行こう。そこで力を借りるんだ」
「そ、そうだね。人を出してもらえればもしかしたら」
「八鶴さん。この町の代官屋敷がどこにあるか教えてください」
「房島屋さんからさらに南へ、海へ行く途中に大きなお屋敷があります。そこが会所です」
「ありがとうございます。行くよ、澪」
「うん!」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色