第18話1 黒霧の武者

文字数 970文字

「ここらでよいか」

 そこはちょっとした広場になっていた。

 周囲を木々で囲まれているので、まるで闘技場(コロッセオ)のようだ。

「勾玉を渡せ。これよりこの勾玉に凝ったモノを引きずり出す。もう少し離れよ。もっと。もっとだ。よし、その辺りでいいだろう」
 十水さんは広場の周辺部、僕たちは中央辺りに陣取ることになった。

「多少の雨風、雷は気にするな。それらは儂の力によるもので凝りの影響ではない。小僧よ、言いたいことが顔に出ておるぞ。心配するな。儂が命じなければ雷は落ちん。運悪く落ちた時は……まァ、自分の運の無さを恨め」



「ここまで来ておいてなんですけど、やっぱり戦う展開になるんでしょうか」
「なんだ。怖気づいたか」
「怖いかと聞かれれば怖いですよ。でも僕が機巧武者になって戦えばだいたいの戦闘は片付く気がするんですよね」
「小僧が対処すれば小娘が水縹に認められることはなくなると思うが、それでよいのか?」

「そ、それはダメだよ! だって水縹の連れ合いは私なんだもん! 私が水縹を元に戻してあげるんだもん!」


「よかろう、木霊の小娘よ。ここにある勾玉は貴様の先祖と共に戦ってきた古強者。恐らく凝りは先祖に所縁(ゆかり)あるものであろう。この水縹の連れ合いになりたいのならば、見事、役目を果たすがいい!」


 勾玉の前に座った十水さんが右手を伸ばして空を指差す。

 途端に空が掻き曇る。


 昏い色の雲がどこからともなく湧き出し、瞬く間に空を侵食していった。


 雲は渦巻くように集合し巨大になっていく。

 分厚い雲の隙間に紫電が走るのが見えた。

 明滅と同時にゴロゴロという雷鳴が耳に届く。

「……っ」

「ひっ」


 十水さんが左手を勾玉へ向けた。


 横殴りの風が強くなり、目を開けていられない。

 木々が互いの枝を叩きつけあう悲鳴のような音がしている。

「固まるんだ。それから何が起きてもいいように警戒をすること」

「この風の中で弓は難しいかも。私も刀か槍にすべきだった……わぷっ」


「大丈夫?」
「うん。これでよし」

 懐から取り出した紐で髪を束ねた澪の表情は凛々しかった。


「主様、風が収まってきたようです」

 広場内に風はほとんどなかった。

 逆に広場の外側では雲がすごい勢いで渦巻いている。

 まるで内と外を分ける結界のようだ。

 雷の音も聞こえなかった。そのせいか紅寿と翠寿の表情も落ち着いている。

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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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