第5話4

文字数 740文字

「そろそろ朝とれた魚を船坂から運んで来る舟が到着すると思います。ですから下りの舟も探しやすいと思いますよ」
「丁度いいですね。みんなはすぐに出発できそう?」
 葵と翠寿には前から話をしてあったから問題はなかった。
「私も大丈夫。紅寿もお風呂の支度がすんだら急ぎの仕事はなかったんじゃないかな」
「不動はどうだろう。一緒に行けそうかな」
「申し訳ございません。今しばらくは操心館から離れられそうにないと聞いています」
「仕方ないね。不動には一日も早く紅樺の君と連れ合いになってもらわないといけないし。じゃあ、翠寿。紅寿に出発するよって伝えてくれるかな」
「わかったです!」

 空を見上げた翠寿は「おぉ~ん」と遠吠える。

 しばらくするとたすき掛けた紅寿が小走りでやってきた。


「じゃあ、支度を済ませたら出発しよう。僕は部屋へ戻って勾玉を取ってくるよ。少し待っていただければ城下町までの道中をご一緒しますけど、どうしますか」


「お心遣いありがとうございます。せっかくですが、これから仕込みをしに笠置屋へ行かなければなりませんのでお先に失礼させていただきます」


「そうですか。船坂から戻ってきたらまたお店にお邪魔させていただきますね」


「はい。ご来店をお待ちしております」


 紀美野さんが頭を下げると髪に差した綺麗な簪が目に入った。


「今回も姫様には告げずに出るおつもりですかな」


「でしたら筒針さんからほの香姫へお伝え下さい」


「おっと、そう来ますか」


「何も言わないよりは後がマシになりそうですから、よろしくお願いします」


「これは藪蛇でしたなぁ。しかし自分から踏み込んだ感もありますので、その件につてはお引き受け致しましょう。……いいところ一日ですがね」


 おまけに時間稼ぎもしてくれるらしい。

 筒針さんはいい男だった。


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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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