第11話3

文字数 821文字

 宿の外に出るとさっと日が陰る。
「なんだろう」

 雨でも降りだすのかと空を見上げると北の方角に黒い雲が集まりつつある。


 カッと一面が白くなったかと思うと、ドーンというお腹に響く音と共に一条の光が落ちた。

「ひゃ!?」

 翠寿が抱き着いてくる。


 そうしているうちに黒い雲はかき消えてしまった。雨は降らないらしい。

「今のが水蛟の降らした雷だったりして」
「あんなんおそがいだらぁ」
 よほど怖かったとみえ、翠寿の指先はまだ震えている。
「翠寿。手をつないでもらってもいいかな」
「いいよ!」
 小さな手を握り締める。
「さて、僕たちも澪たちを追いかけようか」
「はい!」

 房島屋は朝も営業をしているようで暖簾がかかっていた。


「すみません」
「はいはい。あら、お客さん。忘れ物があったんだって」
「ええ。僕たちが帰った後に何か残っていたものはありませんでしたか」

「覚えがないのよ。見ての通りうちは夜から朝にかけて店を開いているから人の出入りもそこそこあってさ。悪いわねえ」

「澪。見つかった?」

「ない! ないよ。どこにもないの!」

 仮に勾玉を置き忘れていたとして、誰かが持って帰ってしまったのだろうか。


 その場合、可能性が一番高いのは一緒に飲んだ奥山田さんな気がする。

「僕たちと一緒に飲んでいた人のことってご存じですか」
「もちろんだよ。よく飲みに来るからね。昨夜はあんたたちが帰ってからも一人で飲んでたよ」
「僕たちが帰った後の様子はどうだったか覚えてないですか」
「なにか書き物をしてたわ。とっても上機嫌でね。あ、思い出した。そういえば忘れ物がどうとか言ってた気がするわ」
「いつ頃のことかわかりますか」

「日の出よりは前だったかしら。漁に出る人はまだ来てなかったから」


「翠寿。奥山田さんの匂いって追える?」
「あの、はながばかになっとって、においがわからんもんで……」

「そっか。忘れてた。それなら仕方ない。地道に捜すしかないな。とりあえず宿に戻ってみよう。澪、行くよ」

「……うん」


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色