第1話1 模擬戦

文字数 816文字

 八相の構えで高く掲げた刀身が銀色に輝く。

 長い柄に反りのある刀身を取り付けた薙刀(なぎなた)を構えるのは天色(あまいろ)機巧武者(からくりむしゃ)だ。


 三十二間の筋兜(すじかぶと)前立(まえだて)は構えた薙刀と同じように天に向かって伸びる不動明王剣。

 胴鎧は前面と背面の二面を留める二枚胴。

 胴からぶら下がる七間五段の草摺(くさずり)と肩を守る当世風の六段の袖は鮮やかに澄んだ空のような青で威されている。

「たああっ!」

 鋭い掛け声を一つかけて天色が大きく足を踏み込む。


 相対する深藍(ふかあい)の機巧武者は相手が前に出てくるのに合わせてわずかに下がっていた。明らかに仕掛けを待っていた動きだ。


 空を切った薙刀の刀身はくるりと回って右中段でピタリと止まる。


 天色が構えるのを確認してから、深藍は手にした反りの強い太刀を体ごと突き出す。

 手首の動きだけで天色は刃を迎撃。

 そのまま互いの右側をすれ違う。


 一歩踏み込んでから深藍は横薙ぎを右後方へ向かって放つ。

 天色は体を回転させながら右手一本で長い薙刀を振り回す。


 間合いにいた深藍がわずかに頭を下げると、大きな水牛の角のような脇立(わきだて)のわずか上を薙刀の刃が唸りをあげて通り過ぎる。

「なるほどね」

 すれ違うタイミングで深藍が刀を振れば模擬戦は終わっていた。

 一歩踏み込んだせいで天色との距離が離れてしまったことを、深藍を操る機巧操士(からくりそうし)がわからないはずがない。

 だからあの動きはわざとそうしたとみるべきだ。

「両者ともなんという素早い動きなのだ。目がついていかぬぞ」
「さすがは名姫の天色の君と言うべきなのか。まさか梅園様と互角だとは……」
「むしろほの香様が押しているように私の目には見えるぞ。天色の君も素晴らしいが、その連れ合いたる機巧操士――ほの香様も伊達ではないと言うべきであろう」
「む、むむむ。それはそうかもしれぬが、しかし……むむむ」
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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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