第6話1 舟旅

文字数 780文字

 城下町の南東は明科川(あかしながわ)から水が引き込まれており、船着き場にはたくさんの舟が繋がれていた。

「うわー、すごい数の舟だ。それに人も多いや」

 荷揚げされる荷物を運ぶ人、荷車に荷を積み上げる人。みんな筋骨隆々だ。

 誰もが大声でやり取りをしているから大きな声で話さないと意思の疎通も難しい。

「みんな、迷子にならないようにね」

「一番気を付けるべきは清正君だと思うけどなぁ」

 髪を下ろした澪の言葉に思わずショックを受ける。


 まったく失礼な話だ。

 この世界へ来たばかりの頃ならいざ知らず、今ではすっかり……お、あれはなんの荷物だろう。気になるな。


 荷を確認しようと踏み出すと袖が引かれる。

 視線を向けた先には頭巾を被った翠寿がいた。

「清正さま、かってにどっかいったらあかんだらぁ」
「……ごめんなさい」
 澪が呆れたような目で僕を見ていた。
「そういえば明科川って橋が架かってないんだね。三桜村に行く時も舟で向こうに渡ったし」
「藤川様が工事をしてくださるまでは大雨が降るたびに橋が流されていたそうだからね。だから今でも川向こうへ行くには舟を使うしかないんだよ」
「橋があった方が何かと便利だと思うんだけどなあ」
「防衛上の理由もあるんじゃないかな」
「なるほどねえ」
「それに洪水が完全になくなったわけじゃないしね。工事をする前はもっとぐねぐね川が蛇行していて、流れもすごく速かったんだって。だからちょっと雨が降ると毎回氾濫してひどかったらしいよ。それをお城の北側まで引き込んで流れを緩やかにして、川を真っ直ぐにしたんだって」
「そういえば大きな岩がお城の北にあったな。あれで川の流れを緩やかにしたのかな」
「あの大岩は鬼たちが運んだんだって」
「へえ。いくら鬼が力自慢でも、あんな巨大な岩をよく運べたなあ」
「そこはまぁ、鬼だしね」
 それで納得できてしまうのが鬼の恐ろしいところだ。
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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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