第7話2

文字数 905文字

 それでも見慣れない景色に興味はあるようで、キョロキョロと辺りを見渡している。


「ひよまははま、みへくらひゃい! あっひにおっひなひまへふ!」
「大きな島だねえ」

 赤く色づいた海に島が浮かんでいる。

 あれが水蛟たちの暮らす水江島(すいこうとう)だろう。

「もうすぐ夜になっちゃうから、須玉匠の所へ向かうのは明日にしよう」


「それは…………うん。仕方ないよね」


「とりあえず宿を捜そうか」

 浜辺に並ぶ小舟を横目に町へと向かうことにする。

「船酔いは良くなった?」


「うん。だいぶいいかな。この匂いはまだ気になるけどね」


 五つの長い影が進行方向に伸びている。

 海から吹き寄せる風を防ぐための松林を抜けていく。

「なんだか暗いね」

「そういえば船頭さんが何か言ってなかったっけ?」


「幽霊や魔物が出るって話? ちょっと信じ難いよね。実際は日影の仲間による破壊工作じゃないかな」
「私もそう思う。幽霊はともかく魔物が町の中に出るなんて聞いたことないし」

「主様。少し急ぎませんか。雨が降るかもしれません」


 見上げると黒い雲が空に広がりつつあった。


「急ごうか。人を見かけないのはその噂のせいかな」


「そうかもね。あ、そうだ。これは紀美野さんから聞いた情報なんだけど、船坂でしか飲めない珍しいお酒があるんだって」

「へえ、どんなお酒なのか気になるね」


「なんでも喉がカーと焼けるほどキツイお酒らしいよ。でも不思議と美味しいんだって」

「それは楽しみだ。食事の時に注文してみよう」


「清正君ならそう言ってくれると思ってた!」


 軽口をたたき合いながら道なりに進んでいく。


「こっちでいいのかな」


「わかんないよ。清正君が道を知っているんだと思ってた」


「あっひみへ!」
 鼻をつまんだままの翠寿が指差す先に建物らしきものがある。
「助かった。宿の場所を聞いてみよう」
 建物の背が低いのは海風対策なのだろうかと思いながら扉を叩いてみる。
「ごめんください。誰かいらっしゃいませんか」

 返事はない。

 紅寿が僕を見つめて何か言いたげにしていたので、頷いて行動を促す。

「……」

 頭巾を脱いだ紅寿は鼻をつまんだままぴたりと耳を扉に押し付けた。

 しばらくそうしていたけど首を横に振る。

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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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