第26話4

文字数 745文字

「この先の展開はないのですか? ならば仕方がありません」
「なっ!?」
 葵がつんのめる。
「うっ」
 次の瞬間、呻き声だけを残して視界から葵が消えていた。
「上だよ、清正君!」
 同時に逢初の姿も消えている。
「見ている余裕は――」
「ないんだろ!」
 お腹の高さで構えた獅童を槍の穂先に合わせる。
「この――っ!」

 相手の勢いを正面で受けないように自分の体を回転させる。

 それで精一杯だ。追撃は不可能。

「最善の対処でした」
「そいつはどうも」
 逢初は澪よりも更に後方に立っている。
「ど、どういうこと? なにが起きたの?」

 槍を体内にしまい相手の体勢を崩し、すぐに出してすくい上げるような石突の一撃で葵を宙へ弾き飛ばしたのだ。

 そして〈縮地〉で僕に襲い掛かった。

「得物をいつでも出し入れ自由ってのはずるいよなあ」
「九十九の持つ〈鞘〉という特性です」

 濡れた衝撃音。

 空中で姿勢を整えた葵が着地した音だ。

「あと〈縮地〉もな。目にも映らない速度で動くなんて卑怯じゃないか」
「それも九十九の持つ特性の一つですから」

 地面に転がされていた紅寿と翠寿も立ち上がっている。

 今のところ誰も傷を負ってはいない。

「しかし参ったな。手詰まりだ」

 五人がかりだというのに全く勝ち筋が見えない。

 さっきのは、たまたま賭けに勝っただけだ。

 頭や心臓を狙われていたら一撃死していた。

「そうはいいますが、三度までわたしの初撃を受けて生き延びたのは流石です」
「二回もお腹に穴を開けられてるけどな」
「普通ならそれで死んでいるのですけどね。先ほどの理由を問うても?」

 この逢初はやけにおしゃべりだった。

 言葉のキャッチボールができていて、三桜村の時のような狂気じみた様子は見られない。

 もっとも戦いを欲するところはまったくブレていないんだけど。

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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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