第23話1 戦支度

文字数 832文字

 日が暮れて雨脚は弱くなったものの相変わらず雨は降り続けている。

 蝋燭が灯され、揺らめく明かりが部屋にあるものの影を躍らせていた。

「澪さま。ようけ矢を持ってきただらぁ」
 戻ってきた紅寿と翠寿は矢箱(やばこ)を両手で抱えている。
「ありがとう。じゃあ、そっちに入れ替えてもらえるかな」
「はい!」

 今は武器庫を開けて戦の準備中だった。


 代官屋敷は戦時においては要塞としても機能するので周囲を塀で囲まれているし、ある程度ならば籠城できるだけの食料や武器も保管されている。

「清正君は本当にそれだけでいいの?」
「やっぱり刀ぐらいは持っておくべきかなあ」
「相手は槍使いなんだし、刀よりは槍か弓のがいいと思うよ」
「リーチ――射程っていうより間合いか。それは正義だもんねえ」

 ほの香姫と梅園さんの模擬戦を見ていて改めて思ったけど、長柄武器は間合いが広い分、強武器なのは間違いない。刀と槍なら使い手によほどの技量差がなければ槍が勝つ。


 僕が作ったゲームでも刀に対して槍が、槍に対して弓がダメージを与えやすくなっているのはそれが理由だ。


「こんなことなら十水さんのところで何か貰っておくんだったな」
「今さら言っても仕方なくない?」
「ちょっといいかい」

 顔をのぞかせたのは奥山田さんだ。

 雨はまだ降っているし、代官屋敷から家に戻る途中に襲われる可能性も考えられたので、奥山田さんもここに留まり続けている。

「おお、こりゃすごい。なんだか随分と物々しいじゃないの」
「危ないので武具には触らないようにしてください。ところで何か御用ですか」
「ちょっと耳に入れておいたほうがいいかなあと思ってさ。ここのお侍様たちはいるかい」
「片寄さんと外山さんですか? そういえば見かけませんね」
「やっぱり」
「何かご存じなんですか」
「いやね、さっき甲冑姿をした人が裏口から出ていくところを見かけたんだよ。お屋敷に籠城するって聞いてたから変だなと思ったんだけどさ」
「翠寿。片寄さんたちを捜してきて。今すぐに」
「はい!」
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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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