第25話4

文字数 745文字

「しまっ――」
「運がいいですね」

 ガラガラと音を立てて梁の一部が二人の間に落ちる。

 天井に開いた穴から雨水が入り込んだお陰か、わずかに熱気が和らいだ気がした。


 とはいえこれ以上ここにいるのは危険だ。

 さっきのように焼け落ちる梁の下敷きになるかもしれないし、炎で大火傷を負いかねない。


 でもどうやってこの場から逃げればいいのか。


 今いる部屋は建物の奥にある。

 玄関方向は遠いから裏口から脱出するか。


 でも裏口に行くには土間に出なければならない。

 その土間には油の入った大甕が並んでいたから一番火勢が強い場所でもある。


 それならば部屋の壁を突き破るか。

 燃えて脆くなっているはずだから、体ごとぶつかれば抜けられるだろう。


 問題は目の前に立つ逢初の槍をかいくぐらなければならないことか。

 仮に上手くすり抜けて壁まで到達できたとしても、背中を見せようものなら容赦なく槍で貫かれるに決まっている。


 あるいはさっきの一撃で露わになった床下へ飛び込むか。

 火の回りを考えれば低い位置はまだ安全かもしれない。

「逃げることばかりを考えていますね。死合おうと言ったはずですが」
「わ、悪かったな。ちょっとばかり……具合が、よくなくてね。すぐにでも……失礼させて、もらいたいんだよ」
「つれないことを言いますね。あまり時間はいただきませんから最後までお付き合いください。それに命をかけた死合いの経験は貴重です――よッ」

 大きく振りかぶり、踏み込みつつ槍を叩きつける。

 これは小太刀で受けられない。頭部にもらえば昏倒だけですまないのは経験済みだ。

 左足を下げて体を開き、ギリギリで回避する。


 床板が破壊されて木片が散る。

「よい判断です。ですがこれで終わりではありませんッ」

 僅かに腰を落として槍を持ち上げ直そうとする。
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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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