第5話1 土産の品

文字数 974文字

「ま、まあ、人狼をはじめとして八岐の人たちはみんな優秀ですからね。武士だけで手が足りないのならば力を貸してもらおうと思いまして。藤川様にも好きにやっていいと言われていますし」


 氏素性の知れぬ僕に対して破格の扱いだとは思うけど、この世界において機巧操士とはそこまでの存在なのだ。


 そして地位や立場には責任が伴う。

 それを裏切らないようにしなければならなかった。

「あとは機巧操士の数だよねぇ。茅葺様が数珠の秘密を解明してくれるといいんだけど。それに水縹も動いてくれたら……あ、そうだ。清正君。いつになったら須玉匠のところへ行くの?」


「そろそろ戻っているはずだから、お土産が手に入り次第かな」


「くんくんくん……この匂い、(ゆい)ちゃんだ。結ちゃーん!」


 手を振る翠寿の視線の先に二つの影があった。


 一人は不動の付き人の生平(おいだいら)(ゆい)だ。


 不動と同じ鬼の一族なので彼女のこめかみからも二本の角が伸びている。

 おさげ髪でいつも優しく微笑む柔らかな雰囲気を持つ女の子だ。

 翠寿とは年が近いので仲がよく、一緒に仕事をしたり、城下町へ遊びに行ったりするそうだ。


 もう一人は中伊(なかい)紀美野(きみの)さんだ。


 (くし)(かんざし)といった小物を扱う永寶屋(えいほうや)の看板娘で、僕たちがよく行く居酒屋の笠置屋(かさぎや)では料理人としても腕を振るっている。彼女の作る料理はどれも絶品だ。

「こんにちは、不吹様、淡渕様。それから葵の君様」


「こんにちは」


 澪と葵は微笑んで軽く頭を下げる。


「こんにちは、翠寿ちゃん」


「こんにちは!」


「こちらがおすすめのお酒になります」


 紀美野さんの隣に立つ結が長い柄に把手がついた柄樽を持っている。


「おお、これですか」


 柄樽はお酒を運ぶための入れ物だ。

 結が持っているのは白木のものだけど、現代でもお祝い事に朱塗りの角樽が使われたりする。


「これでしたらきっとご満足していただけると思います」


 紀美野さんは料理の腕前だけではなく、美味しいお酒を見極めるのにも長けている。

 その彼女が断言するのだ。間違いなく美味い。

 味を想像して思わず喉がぐびりと鳴ってしまう。

「遅くなってしまい申し訳ありませんでした。いつも仕入れているところが生憎お酒を切らしていまして、あちこち駆け回ってようやく満足のいくものを確保できました」


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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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