第9話2

文字数 1,062文字

「せっかくだから最初の一口はそのままいってみようよ」
「わかった。でも一気に飲まないようにね」

「大丈夫。じゃあ、乾杯!」


 互いのぐい呑みを軽く掲げる。

 まずは縁に唇を付けて湿らせるように口内へ火酒を迎え入れた。

「むっ」


 口の中一杯に広がる香りと舌先を刺すような刺激。


「んふー」


 鼻から息を吐くとより強く香りを感じることができた。


「こくり」


 ゆっくりと飲み込むと喉が焼けるような感覚がある。

「ああ、うん。これは……なるほど。焼酎だね」


 蒸留させてあるので、いつも飲んでいるお酒よりアルコール度数が高い。

 ただしまだ若くトゲがある。

 年を経た泡盛やウィスキーのような角の取れた丸さはない。


「げほっ、ごほっ、ごほっ。な、なにこれ……えふっ、えほっ、えほっ」
「一度にたくさん飲むからだよ。ほら、お水を飲んで」

「んく、んくんく……くはー。はー、はー、びっくりした。口の中が熱くなるし、鼻はツンとするし、喉がカーッと焼けるみたいだったよ。これ、本当に飲んでいいものなの」


「あっはっは。まあ、水蛟様はこの火酒をたっぷりの水で割ってからお飲みになるそうだからねえ。そのまま飲むっていうのはかなり贅沢なお話なのよ」
「そういうことなら先に言ってくれたらいいのにぃ~」

「ここは酒の場なんだ。何事も経験さ。はい、お嬢ちゃんたちの飲み物とつまみだよ」

 紅寿と翠寿は果実を絞った水を頼んでいた。

 それを両手で持ってこくこく飲む。

「……!」
「おいしーです!」
「そりゃよかった。他に注文があったら呼んでおくれ」
「ねぇ、清正君はそのまま飲んでへいきらの?」
「そうだね」
「ふーん。清正君っておさけにつよいんらねぇ」

「そんなことないよ」


 ついつい飲み過ぎてへべれけになって家に戻ったことだってある。

 呆れ返った妹が差し出した水を飲んで一息つくと、「お兄ちゃんお酒臭い!」と言われたものだ。

「そのままでもいいけど、お姉さんが言っていたみたいにお水を入れて飲むのもよさそうだね」

「はー、そうなんらぁ。れもあらひはせっかくらひ、そのままいっちゃおうっとぉ」


 既に澪は出来上がっていた。
「はや! いくらなんでも早いよ!」
「へー? なりがぁ~?」
「大丈夫? ほら、もっとお水飲んで。どんどん飲んで」
「えー、らんれよぉ。あらひはおさけのみはいのにぃ~。ろうへ、ひよまはふんらけのむっていうんれひょぉ~。そんなろずーるーいー」

「あとはもう水だけにしておいた方がいいって。ほら、これ飲んで」


「ごく、ごく、ごく……ふぃー。あー、おいしい。これ、おしいよね」

「そうだね」


 水だけどね。


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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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