第21話5

文字数 585文字

 見分は筒針さんに任せて、僕は周囲を見渡してみる。


 何もない砂浜だ。四方に姿を隠せる場所はない。

 足元は集まった漁師たちによって踏み荒らされており、足跡から相手の動きを推測することはできそうもなかった。

「見晴らしがいい場所で不意を衝くのは難しいから、やっぱり顔見知りだったのかな」
「どうでしょうなぁ。三島殿も警戒していたはずですから」

「それに三島様と一緒に巡回していた人たちはどこにいるんだろう」


「おーい、大変だよお。あっちに人が倒れてるよお」

 聞き覚えのある甲高い声に顔を上げる。


 日に焼けた顔。白い歯。

 間違いない。僕らを舟で運んでくれた奥山田さんのおじさんだ。

「はあはあはあ……お、お侍さんが……ふうはあ……あっちで、た、倒れてて……」
「私が行きます。案内してください」
「え? ちょ、待って。ちょっとちょっとおお……」

 おじさんの手を引いて澪が駆け出す。

 紅寿がその後に続いた。

「あ、雨だ」

 誰が呟いたものか。

 大粒の雨が倒れたままの三島さんの服に染みを作っていく。


 周りを囲んでいた漁師たちは雨を避けるために次々に立ち去る。

 あっという間に本降りになった。

「このままじゃなんです。三島殿を屋敷まで運んでやりましょうや」
「お願いしてもいいですか。僕は澪の後を追いますから」
 まだ崩れ落ちたままのほの香姫を見やる。

「後のことはお願いします」


 無言で筒針さんは頷いた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色