第10話4

文字数 1,092文字

「人狼は主に忠実っていうけど、そのあたりはどうなの?」
「どんな時も真面目で一生懸命ですよ。僕や澪のことをいつも気にかけてくれますし。鼻がいいので追跡とかは特に頼りになりますね」
「おお! そういうの、そういうのもっと聞きたいね!」
 奥山田さんは懐から取り出した帳面に書き込んでいる。
「動きも素早いです。かなり身軽で塀や屋根にもひとっ飛びですし」
「やっぱり! 人狼には狼と似た能力があるって話は事実なんだなあ。なるほどね~」
「ちなみに不用意に構って紅寿に股間を蹴り上げられたことがあります。あまりに動きが早くて、気が付いたら地面に倒れてました」
「は? 股間を蹴り上げられた? それ、大丈夫だったの?」
「大丈夫じゃなかったです。木霊の澪がいたので癒して貰えましたけど」
 僕の話を聞いた奥山田さんは恐る恐るといった風に紅寿を見やる。
「すぅ……すぅ……」
「……あれ? 紅寿ちゃん寝ちゃってない?」

「んみゅぅ。あらひもねむいれしゅ……」

 うつ伏せで丸まった翠寿も寝てしまう。
「あ~! これ、俺の酒だよ。あちゃー、間違って飲んじゃったのか」
「お姉さん、お水をたっぷり持ってきてください! それから大き目の桶もお願いします!」
「しまったなあ。これはうかつだった。申し訳ない」
「このところ二人とも忙しくて疲れていたのもあると思います。だからそんなに気にしないでください」
「そう? でも俺にできることがあればなんでも言ってよ」
「じゃあ、食器を片付けて横になれる場所を確保してください」
「おう、任せとけ!」

「っていうか、この三人をどうやって宿まで連れていけばいいんだろう……」


 心の中でため息をつきつつ、潰れてしまった三人の介抱をすることにした。
 幸い宿はすぐ近くだったので三往復で運び終える。
「なにも主様が一人でやらずとも吾がお手伝いいたしますのに」
「気持ちだけ受け取っておくよ。今回は僕の管理不行き届きもあるからさ」
「水をお持ちいたしました」
「すみません、もう遅い時間なのに」
「いいえ。それよりも具合はいかがでしょうか」

「一晩寝れば大丈夫だと思います。翠寿たちが口にしたのはかなり薄めた火酒でしたし。澪は……まあ、いつものことですから。八鶴さんはもう休んでください。後は自分たちでしますから。それから明日の朝の件、よろしくお願いします」

「かしこまりました。それでは失礼いたします」
「あとは吾に任せ、主様もお休みください」

「わかった。お願いするよ」

 衝立の向こうへ向かい、既に敷いてある布団に潜り込む。

 目を閉じるとすぐに眠気がやってくる。

「これ、おいひいね、きよまはふん……」

 澪の寝言に口元が緩んだ。
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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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