第19話1 褒美

文字数 897文字

「清正君!」
「澪は離れて!」
 ビィンという弦が鳴った音を聞いた気がした。
「うおおおおおおお!」

 腰から抜き放った小太刀を振り上げ、巨大な矢を迎え撃つ。


 鋭い金属音。

「ぐっ!?」
 とんでもない衝撃が腕に伝わる。
「――ぬうおおおお!」

 構わず腕を振り切る。

 弾いた矢は軌道を変え、風の壁を突き抜けていく。

「清正君、大丈夫!?」
「わかった。あいつの本体は弓だ。体の方は虚像だよ」
「どういうこと?」

 拳を地面に打ち付けた時には衝撃も音もなかった。

 足に突っ込んだ翠寿たちがすり抜けていた。

 こちらの頭や体を狙った攻撃はダメージを与えていなかった。


 そして何より。


「水縹は青系統の色だろ。つまり弓を得意とする。あとは最初の口上だ。たくさんの戦いを越えて身に着けた技を見ろって言ってたでしょ」
「そういば……」

「黒霧の武者が持っているのは弓だけ。つまり弓の腕前を見せてやるって言ってたわけだ。だから弓と矢には僕たちも触れることができるってことじゃないかな」


『――見事』

 その声は最初と同じく頭の中に響いた。

「あっ、影が小さくなっとるよ!」


 翠寿の指摘した通りに黒霧の武者は人間サイズになっている。


 全身は相変わらず黒い霧で形成されているものの、大きかった時とは異なり細部までしっかり形状を見ることができる。


 兜は阿古陀形(あこだなり)で三十二間筋兜。眉庇(まびさし)の上部にある御祓立(おはらえたて)三鈷柄付剣(さんこつかつきけん)を立て、さらに鍬形(くわがた)を飾っている。


 胴は立挙(たてあげ)前三段、後四段の胴丸鎧(どうまるよろい)

 胴から草摺を吊るす揺糸は短い。草摺は十一間五段下りと細く、足周りの動き易さを考慮した形だ。


 袖は大鎧に使うような七段の大袖で肩回りの重要箇所を守っている。

「これが水縹の機巧武者の姿なのかな」
「きれい……」

 鎧武者が滑るような足運びで近づいてくる。頭の上下動が全くない。


 葵がどうしたらいいかと言いたげに視線を向けて来たので首を横に振った。

 今の僕たちはただの観客だ。主役は他にいる。


 澪の前に鎧武者が立つ。

 小さくなったとはいえ体格がいいので澪が見上げる形になる。


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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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