第4話3

文字数 1,440文字

「不吹殿は八岐を利用しようとしていると聞きましたが」

「利用というと言葉が悪いですけど、力を貸してもらうように澪を通じてお願いしています。例えば人狼は長距離を素早く移動できる上に遠吠えで仲間同士の意思疎通ができます。それを活かせば情報の伝達速度を上げることができると考えたんです」


「はい! やれるじゃん!」

 つまりは伝令役だ。


 これまでは狼煙と早馬を併用していた。

 でも基本的に狼煙は雨が降っていると使えないし、有効距離もせいぜい十キロというところだ。それも見通しがよくて風がないなどの条件が揃っている場合に限る。


 だから必ず早馬も走らせるんだけど、現代のようにすべての道が整備されているわけではないので、馬を乗り継いでも久納砦から志野城まで半日は必要だった。


 そこで人狼の長距離移動能力と遠吠えを活用することを提案してみたのだ。

「私の領内で暮らしている人狼を何人か久納砦に置いてもらうようにしたんです。人狼は戦いでも頼りになりますしね。あと、砦以外にもあちこちに小屋を建てて待機させています」


 何かあれば伝令として走り、各拠点にいる人狼の仲間に遠吠えで知らせる。

 これなら砦に敵が攻め寄せても数時間後には第一報をお城まで伝えることができるはずだ。


「三桜村が襲われた時に澪へ知らせが入ったという話から思いついたことなんです。早馬を走らせるだけよりも伝達速度は格段に向上すると思います。情報は鮮度が命ですから」


「なるほどねぇ。九十九の俺が言うのもなんですが、八岐をそうやって使おうした人はこれまでいませんでしたからなぁ。しかし砦を守る矢作殿をどうやって説得したんです」


「それはちょっと……ね。矢作様は総乃に気があるそうですから」


「あぁ、なるほど。あの土蜘蛛(つちぐも)の長をダシに使ったわけですか」


 土蜘蛛は八岐の一種族だ。

 人ならぬもの、人外の化生だ。

 あらゆるところに糸を張り巡らし、情報を収集し、他人の心を縛り、操る力がある。


 澪と共に城下町へやってきた八ツ木(やつぎ)総乃(ふさの)さんは土蜘蛛の一族を束ねる人物でもある。

 つまり関谷で暮らす八岐でも有力者の一人であり、優秀な人物だ。

「さすがに〈魅了の目〉は使わせませんでしたけどね。使うまでもなかったんですけど」


 土蜘蛛といえば古来の日本では朝廷に従わなかったまつろわぬ民として知られている。


 こちらの世界では相手を魅了して自分に好意を持たせる能力が備わっているそうだ。

 確かにすらりとした素晴らしい足には目を奪われ――ゴホンゴホン。

「では矢作殿が土蜘蛛の長を嫁に迎える意向があるという噂は事実だったのですな。それはまた剛毅なお人ですなぁ。俺なら何をおいても逃げ出すところですよ」


「そんなに悪い人には見えませんでしたけど」


 総乃さんは落ち着いた雰囲気の美人で言葉遣いも丁寧な人だ。

 少なくとも僕は悪い印象を持っていない。

 何より足のラインが美しいのが――ゲフンゲフン。


 筒針さんは憐れむような、悲しむような、とても複雑な表情で僕を見た。

「悪いことは言いません。土蜘蛛には関わり合いにならないことです。気が付いた時にはケツの毛まで抜かれていますからな」


「さすがにそんなことはない……と、思う……けどなぁ」


「〈魅了の目〉を使わずとも土蜘蛛は男心を操る手練手管に長けているのですよ。俺なら目を合わせることすら避けますね」


「そこまでですか」


 実際、初めて総乃さんと会った時には目を奪われた。

 葵が背後に立ったことを忘れるほどには。


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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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