第12話2

文字数 846文字

「お待たせいたした」

 髪を後ろの高い位置で縛る総髪に小袖と袴姿の男性は床の間の前に胡坐をかき、自身の右手側に刀を置く。


 まだ若い。

 三十前後といったところだろうか。

「船坂の代官を務めます三島(みしま)三太夫(さんだゆう)と申します。不吹殿のお噂は私の耳にも届いております。貴方のような方にお目通りが叶い、恐悦至極に存じます」
「こちらこそ、突然の来訪になってしまい申し訳ありません」
「ところで今日はどのようなご用件でしょうか」
「本来はこの町の近くで暮らす須玉匠に用があったのですが……」
竜泉寺(りゅうせんじ)殿ですな」
「ご存じでしたか」
「無論です。あのお方は水蛟ですからな。何かあっては大事になりますので動向は常に把握するようにしております。とはいえ露骨に人を配置しようものなら雷が落ちかねないのですがね。ははは、気位の高い水蛟とはいえ困ったものです」
 それは笑い事ではないと思うのですが。
「実は操心館の茅葺殿から連絡をいただいておりまして、おおよその事情は承知しております。須玉匠――竜泉寺殿は先日の船で水江島からお戻りですよ。ところで、先ほどの口ぶりからするとそちらの件以外に何かあったのでしょうか」
「実は修復をお願いするはずだった勾玉を紛失してしまいまして……」
「経緯をお伺いしても」
 ばつが悪いけどここで誤魔化しても仕方がないので、正直にすべてを話した。
「なるほど。少々お待ちいただきます」
 音もなく立ち上がり部屋を後にする。
「あの……ごめんね、清正君。本当は私が悪いのに……」
「勾玉を預かったのは僕で、その所在をちゃんと確認しなかった僕が一番悪いんだよ」
「でも……」
「責任は僕にある。今回のことで澪が気を付けるべきなのは……やっぱりお酒についてかなあ。でも初めて飲んだ火酒だったし、情状酌量の余地はある気がする。澪と一緒に飲むお酒は楽しいから好きだけど、これからは気を付けようね。というわけでこの話はここでおしまい」
「……わかった。これからは気を付けます。だからその……ありがとう」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色