第26話2

文字数 761文字

 紅寿の腰が僅かに落ち、尻尾がぴんと水平に伸びた。

 緊張している証拠だ。

 耳は前に傾き、小さな音も逃さないとばかりに忙しなく動いている。

「なんかおるっ」

 翠寿も紅寿の隣に立つ。

 二人は雨具を脱ぎ去って警戒している。


 見ているのは浜田屋の裏口のある方向だ。

 燃え盛る炎の音に混ざって金属音が聞こえる。

「きっと葵が戦ってるんだ」
 上体を起こそうとすると無言で澪に押さえつけられた。
「頼むよ、澪。葵があいつと……逢初の九十九と戦っているんだ。助けにいかなきゃ」
「どういうこと? それって三桜村にいたやつだよね?」

「生きていたんだ。八鶴さんの姿で」


「無理したらダメだよ。傷口をふさいだだけだから、すぐにまた出血しちゃう」
「でも葵を助けないと」
 戦いの音が近づいてきている。
「葵!」
 僕の声が届いたのか、一つの影が近くに降り立つ。
「主様。ご無事でしたか」
「怪我は?」
「問題ありません。それよりも――」
「ようやく役者がそろったようですね」
「嘘……でしょ。だ、だってあのとき沼に沈んでいったでしょ。私、この目で見たもんっ」
「私は天槍・逢初の九十九。人の身は仮の姿ですから」
「そうか。九十九の本体は器物だから……だとしたら、あいつ、強いよ」
「はい。澪様のおっしゃる通りです。あの者の強さは以前の比ではありません」
「どうして?」
「今のあいつには仕える主人がいないから。野良の九十九なんだよ」

「……そういうことか」


 同じ九十九の筒針さんの言葉を思い出す。


 主を持たない九十九は強くもあり脆くもある。

 本来持つ実力を発揮できないこともあれば、何倍、何十倍の力を発揮することがある――今の逢初のように。

「……戦おう」
「本気!?」
「三島様たちが命を賭して守ろうとした船坂をこれ以上好きにさせる訳にはいかない」
「……わかった。清正君がそういうのなら」
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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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