第27話4

文字数 1,148文字

 あの夜から二日が過ぎていた。


 浜田屋の火は十水さんが〈水繰(みずくり)〉という力で消火してくれた。

 上空に巨大な水球ができたかと思うと、無造作に燃える建物に落とすという実に荒っぽい消火方法だった。


 お陰で火事はおさまってくれたけど建物は跡形もなくなってしまった。

 あれでは大雑把と言われても仕方がないだろう。


 なお、宿屋の主人は魂が抜けた表情で残骸の前にしばらく立ち尽くしていたそうだ。


 片寄さんと外山さんの遺体は回収して、三島さんたちと共に葬ることになった。

 ただ一人残された橋目さんが彼らの菩提を弔っていくそうだ。


 それから更に一日が経過した。

「清正様――!」

 土を蹴り上げて馬が駆けてくる。

 馬上にいるのは操心館の制服を着たほの香姫だ。


 階段の前で馬から飛び降り、一段飛ばしで駆け上がってくる。

「大変お待たせをしてしまいました」
「道中ご無事で何よりです」
「清正様こそ何事もありませんでしたか。わたくしがいない間に無理などなさりませんでしたか」
「ええっと、その……あ、他の人は?」
「すぐに来るはずですからご安心ください。それよりも今は清正様のことをお聞かせください。わたくしとの約束はちゃんと覚えていらっしゃいますか?」
「兄貴――!」

 階段下を見ると数騎の騎馬が到着していた。

 天色の君はほの香姫が乗ってきた馬の手綱を握って落ち着かせている。

 当然、護衛役の筒針さんの姿もあった。

「兄貴! 遅れてすまねぇ! だが俺が来たからには大船に乗ったつもりでいてくれ!」
「数珠の方はいいの?」
「いい。兄貴の方が大事だからな!」
 にっかりと笑った不動がバンバンと僕の肩を叩く。
「痛いってば」
 窮地を知って駆けつけてくれる仲間がいてくれるのは心から嬉しい。痛みよりも喜びが勝る。
「援軍は不動だけなのかな」
「いいや。九十九がもう一人来るぜ。腕っこきの家来を何人も連れてるから少し遅れてるけどな」
「九十九まで出してくれたの?」
「ああ。外見はなよっとしてるが、ありゃかなり強いぜ。こういうときじゃなかったら俺がケンカを売ってたな! まぁ、俺は筒針のおっちゃん相手でもいいんだけどさ!」
「こういう時でなければ、いつでも俺は歓迎ですよ」
 筒針さんもまんざらではなさそうな顔だった。
「援軍はいくらでもありがたいです。とはいえ事態の半分は片付いてしまったんですが……」
「清正様? それはいったいどういうことなのですか?」
「まさか俺たちが来る前に兄貴が倒しちまったのか? まぁ、兄貴ならそれぐらいやってのけるだろうけどさ。そっか。残念だな。俺もあの三島様を倒したって敵と手合わせしたかったぜ」
「倒してはいないんだ。でももうこの町にはいないと思う。詳しいことは中に入って話すよ。走りどおしで疲れてるでしょ」
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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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