第5話2

文字数 1,071文字

「じー……」
「駄目だよ。これは須玉匠へのお土産なんだから」
「わ、わかってるわよ。清正君は私のことをなんだと思ってるの」
「根っからのお酒好き。その割にお酒に弱くてすぐに酔いつぶれちゃう残念な人」
「うぅ……事実だけに何も言い返せない……」
「ふふふ。お二人は相変わらず仲がよろしいのですね」
 朗らかに微笑む紀美野さんの視線が誰かを探すように動いている。
「不動ですか?」
「え、ああ、いいえ……」
「不動でしたらずっと紅樺の君の修理のために茅葺さんの所に入り浸りなんですよ。修理の目途は立ったみたいですけど、例の数珠でも手伝いをしているので」
「私たちも材料集めを手伝ったけど、結構、大変だったよね」
「大蛇に襲われそうになった時は身が竦んだね。あれは怖かった」

 なるべく大きなヘビの脱皮した皮が必要だという茅葺さんの依頼で山に入ったんだけど、眠っていた蛇の尻尾をうっかり澪が踏んでしまったからさあ大変。

 鎌首を持ち上げた大蛇に睨みつけられた時は死を覚悟したほどだ。


 幸いにもヘビが苦手とするにおいが強いものを葵が撒いてくれて事なきを得たけど、今後は無策で突っ込むのは控えようと心に誓ったものだ。

「あれはまさに蛇ににらまれた蛙でしたね」

 みんなの視線が葵に集まる。

 心なしか葵はドヤ顔だった。

「あとはたくさんの猿に襲われたっていうか、喧嘩になったこともあったよね」
「いや、あれは無断で猿酒(さるざけ)を飲んだ澪が悪かったと思うよ」

 狼の姿になることができる人狼のように猿の姿になれる種族を人猿(じんえん)という。

 ましら、サトリとも呼ばれる彼らもまた人間ではない。八岐の一種族だ。

 手先が器用で知恵に富み、身軽で木登りが上手い。


 サトリといえば人の心を読む妖怪としても知られているし、狒々(ひひ)や猿神は人を攫い、人を食らうとも言われる。

「だってすっごくいい匂いがしてたんだから仕方ないじゃない……」
「だからって全部飲んじゃうことはなかったでしょ」
「ううぅ、それはそうなんだけど……あのときは喉が渇いてたし……」

 猿酒は木の窪みに果実などが落ちて自然発酵したお酒のことだ。

 お酒に弱い澪は猿酒を飲んでベロベロに酔っぱらった。

「人猿とは交流があるから交渉は任せておけって言ってたけど、大事にしていた猿酒を全部飲まれたら彼らがキレるのは当たり前だよね?」
「う、ううぅ……ごめんなさい……」
「人猿の皆さんは顔を真っ赤にしていましたね」

 再びみんなの視線が葵に集まる。葵は明らかにドヤ顔をしていた。

 いやまあ、美人のドヤ顔っていうのも悪くないなあって思いますけどね?


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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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