第60話 決意
文字数 575文字
受話器を置いたリュウは、仲間たちから離れて部屋を出た。
グミの木のある庭園。高い塀に囲まれた、ひっそりとした西洋風の館。この隠れ家は同志である上海の実業家が提供してくれたものだ。
大きく窓を開けて、彼は外気を吸った。
壁にもたれ、眼を閉じて額に手を当てる。その姿勢のまま、彼は長いこと動かなかった。
知らなかった、最初は。唯音が日本軍の実力者の姪だなどと。
卑劣だな。眼を閉じたまま、自嘲する。目的のためなら平気で人を裏切り、手を汚す。最低の人間だ。
だが、他にどうしようがあった?
大国の侵略。騒乱と貧困と飢えに苦しむ祖国を、何とかして救いたかった。
憲兵隊に捕えられた彼らは貴重な同志だ。失うわけにはいかなかった。手をこまねいていれば、闇へと葬られるに決まっている。
あらゆる努力が徒労に終わった果ての、最後の切り札。どのような形であれ、貴堂大佐は動くだろう。唯音を救うために。
彼女のおじに寄せる敬愛と信頼が、二人の関係を物語っている。
しかし、万一、大佐がこちらの要求を受け入れなかったら、彼女はどうなる?
仲間たちは充分すぎるほど日本人を憎んでいる。無事ではすまないだろう。
唯音の笑顔が脳裏をよぎり、彼は額から手を外した。
ひとつの決心を自分の内で固め、空を睨みつける。
もしも交渉が決裂し、最悪の状況になってしまったら。その時は──。
グミの木のある庭園。高い塀に囲まれた、ひっそりとした西洋風の館。この隠れ家は同志である上海の実業家が提供してくれたものだ。
大きく窓を開けて、彼は外気を吸った。
壁にもたれ、眼を閉じて額に手を当てる。その姿勢のまま、彼は長いこと動かなかった。
知らなかった、最初は。唯音が日本軍の実力者の姪だなどと。
卑劣だな。眼を閉じたまま、自嘲する。目的のためなら平気で人を裏切り、手を汚す。最低の人間だ。
だが、他にどうしようがあった?
大国の侵略。騒乱と貧困と飢えに苦しむ祖国を、何とかして救いたかった。
憲兵隊に捕えられた彼らは貴重な同志だ。失うわけにはいかなかった。手をこまねいていれば、闇へと葬られるに決まっている。
あらゆる努力が徒労に終わった果ての、最後の切り札。どのような形であれ、貴堂大佐は動くだろう。唯音を救うために。
彼女のおじに寄せる敬愛と信頼が、二人の関係を物語っている。
しかし、万一、大佐がこちらの要求を受け入れなかったら、彼女はどうなる?
仲間たちは充分すぎるほど日本人を憎んでいる。無事ではすまないだろう。
唯音の笑顔が脳裏をよぎり、彼は額から手を外した。
ひとつの決心を自分の内で固め、空を睨みつける。
もしも交渉が決裂し、最悪の状況になってしまったら。その時は──。