第45話 憲兵隊
文字数 673文字
ホールに戻ると、男の言ったように、憲兵隊の兵士たちが数人、店に踏み込んでいた。
彼らはこちらの迷惑などお構いなしに、傍若無人に店の中を探し回っている。突然の乱入者に客たちは動揺し、支配人の巳月が苦い顔つきで立っている。
騒然とした店内を、唯音は何食わぬ顔でバンド仲間たちが座っている席に戻っていった。
「何か騒ぎがあったみたいね」
「ひどいものさ、いきなり憲兵隊の連中が踏み込んできたんだ」
隣に腰を降ろした唯音に悠哉が耳打ちしてよこす。
「しっ、聞こえるぜ」
ドラマーの水澤が声をひそめて言うと、憲兵隊の士官らしき男ががこちらを向いた。唯音を見て、つかつかと近づいてくる。
「おまえ、さっきまでいなかったな。どこへ行っていた?」
テーブルの前で立ち止まり、横柄な口調で尋問してくる士官に、化粧室ですわ、と唯音は落ち着いた声で答えた。
「わたし、ここの歌い手ですの。ステージの前にお化粧を直しておこうと思いまして」
「不審な男を見かけなかったか!?」
「いいえ」
背後から刺すような視線を感じた。リーリだ。
「本当だろうな!?」
もちろんですわ、と唯音は艶やかに微笑んでみせた。
「いったい何があったんですの」
「いまいましいテロリスト──抗日活動家がここへ逃げ込んだのだ」
「……」
「中佐どの! 男は裏口から逃げたようであります」
唯音を尋問していた士官を、部下のひとりが声高に呼びに来る。
「そうか、追え! 逃がすな!」
憲兵隊の兵士たちは、唯音たちにはもう一瞥もせず、裏口へと走っていく。
捕まるまい、と唯音は思った。さっきの男なら、とっくに逃げおおせたはずだ。
彼らはこちらの迷惑などお構いなしに、傍若無人に店の中を探し回っている。突然の乱入者に客たちは動揺し、支配人の巳月が苦い顔つきで立っている。
騒然とした店内を、唯音は何食わぬ顔でバンド仲間たちが座っている席に戻っていった。
「何か騒ぎがあったみたいね」
「ひどいものさ、いきなり憲兵隊の連中が踏み込んできたんだ」
隣に腰を降ろした唯音に悠哉が耳打ちしてよこす。
「しっ、聞こえるぜ」
ドラマーの水澤が声をひそめて言うと、憲兵隊の士官らしき男ががこちらを向いた。唯音を見て、つかつかと近づいてくる。
「おまえ、さっきまでいなかったな。どこへ行っていた?」
テーブルの前で立ち止まり、横柄な口調で尋問してくる士官に、化粧室ですわ、と唯音は落ち着いた声で答えた。
「わたし、ここの歌い手ですの。ステージの前にお化粧を直しておこうと思いまして」
「不審な男を見かけなかったか!?」
「いいえ」
背後から刺すような視線を感じた。リーリだ。
「本当だろうな!?」
もちろんですわ、と唯音は艶やかに微笑んでみせた。
「いったい何があったんですの」
「いまいましいテロリスト──抗日活動家がここへ逃げ込んだのだ」
「……」
「中佐どの! 男は裏口から逃げたようであります」
唯音を尋問していた士官を、部下のひとりが声高に呼びに来る。
「そうか、追え! 逃がすな!」
憲兵隊の兵士たちは、唯音たちにはもう一瞥もせず、裏口へと走っていく。
捕まるまい、と唯音は思った。さっきの男なら、とっくに逃げおおせたはずだ。