第25話 約束
文字数 1,091文字
翌朝、唯音は自分のアパート、クローゼットの前で悩んでいた。
いったい、どの服を着ていこう。
蘇州へ行こうという彼との約束。待ち合わせは北駅に十時だ。
せっかく早めに起きたというのに、身仕度の段階になって、あれこれ迷ってしまっていたのだ。
服を何着も腕にかけて鏡台の前に行き、とっかえひっかえ体に当ててみる。
彼女の迷いと比例して時間は刻々と過ぎていく。
決めた! このワンピースにするわ。
えいっと決断して一着を残すと、唯音は残りの服を全部クローゼットに押し込んだ。
蘇州行きの名誉にあずかったのは、若草色の清楚なワンピース。つばの広い白の帽子ともよく似合っている。
が、服の次には化粧という難関が待ち構えていた。
舞台に立つわけではないのだから、陽の下で自然に見えるようにメイクは軽くでいい。ええと、口紅の色は……。
ここでも延々と迷いは続き、結局、唯音が北駅に着いた時には約束の時間を二十分近くも遅れていた。
「リュウ!」
駅の構内、約束の場所に眼をこらすと、すでに彼は来ていた。藍色のチャイナ服姿で、腕組みして壁際に立っている。
「ごめんなさい、遅くなって」
走り寄り、息を切らせながら謝る唯音に、彼は腕組みをほどいて笑いかけた。
「来てくれないかと思った」
「まさか。昨夜約束したでしょう? 仕度に手間取ってしまったの。本当にごめんなさい」
「さすが手間取っただけのことはあるな。とても綺麗だ」
そんな台詞に、しょんぼりしていた唯音の頬がばら色に染まる。
「さあ、行こうか。蘇州までの切符はもう買ってある」
うながされ、唯音は彼と一緒にホームへと歩き出した。
上海の駅はヨーロッパ方式だ。ホームが高くなっておらず、地面から階段を登って乗車する。
乗り込んだ二人が空いた席を見つけて座ると、列車はほどなく発車した。
街中を抜けると、あとはのどかな田園風景だった。窓の外は地平線まで、まっすぐ緑の大地が続いている。遠くに白壁の家が点在し、時折、水牛の姿が見えた。
「ずっと同じ景色なのね」
「ああ。蘇州くらいならまだいいが、もっと先まで行くとなるとうんざりするぜ。ずっとこの風景しかないんだから」
「何時間も同じ景色が続くの !?」
東京で生まれ育った唯音は驚きの声を上げ、再び窓のむこうに眼をやった。
「街の中にいる時はあまり感じなかったけど、やっぱりここは大陸なのね」
ビルなどはもちろん、見渡す限り、山影さえもない。
「君は上海しか知らないと言っていたな。あの街とはまったく違う。とても静かで、穏やかなところだ」
向かいあった座席で列車に揺られながら、ふっと遠くを見るような表情で彼が言った。
いったい、どの服を着ていこう。
蘇州へ行こうという彼との約束。待ち合わせは北駅に十時だ。
せっかく早めに起きたというのに、身仕度の段階になって、あれこれ迷ってしまっていたのだ。
服を何着も腕にかけて鏡台の前に行き、とっかえひっかえ体に当ててみる。
彼女の迷いと比例して時間は刻々と過ぎていく。
決めた! このワンピースにするわ。
えいっと決断して一着を残すと、唯音は残りの服を全部クローゼットに押し込んだ。
蘇州行きの名誉にあずかったのは、若草色の清楚なワンピース。つばの広い白の帽子ともよく似合っている。
が、服の次には化粧という難関が待ち構えていた。
舞台に立つわけではないのだから、陽の下で自然に見えるようにメイクは軽くでいい。ええと、口紅の色は……。
ここでも延々と迷いは続き、結局、唯音が北駅に着いた時には約束の時間を二十分近くも遅れていた。
「リュウ!」
駅の構内、約束の場所に眼をこらすと、すでに彼は来ていた。藍色のチャイナ服姿で、腕組みして壁際に立っている。
「ごめんなさい、遅くなって」
走り寄り、息を切らせながら謝る唯音に、彼は腕組みをほどいて笑いかけた。
「来てくれないかと思った」
「まさか。昨夜約束したでしょう? 仕度に手間取ってしまったの。本当にごめんなさい」
「さすが手間取っただけのことはあるな。とても綺麗だ」
そんな台詞に、しょんぼりしていた唯音の頬がばら色に染まる。
「さあ、行こうか。蘇州までの切符はもう買ってある」
うながされ、唯音は彼と一緒にホームへと歩き出した。
上海の駅はヨーロッパ方式だ。ホームが高くなっておらず、地面から階段を登って乗車する。
乗り込んだ二人が空いた席を見つけて座ると、列車はほどなく発車した。
街中を抜けると、あとはのどかな田園風景だった。窓の外は地平線まで、まっすぐ緑の大地が続いている。遠くに白壁の家が点在し、時折、水牛の姿が見えた。
「ずっと同じ景色なのね」
「ああ。蘇州くらいならまだいいが、もっと先まで行くとなるとうんざりするぜ。ずっとこの風景しかないんだから」
「何時間も同じ景色が続くの !?」
東京で生まれ育った唯音は驚きの声を上げ、再び窓のむこうに眼をやった。
「街の中にいる時はあまり感じなかったけど、やっぱりここは大陸なのね」
ビルなどはもちろん、見渡す限り、山影さえもない。
「君は上海しか知らないと言っていたな。あの街とはまったく違う。とても静かで、穏やかなところだ」
向かいあった座席で列車に揺られながら、ふっと遠くを見るような表情で彼が言った。