第7話 歌手
文字数 1,367文字
巳月を交え、バンドの面々が困惑して顔を見合わせた時だ。
「いるよ、歌手なら」
と、自信ありげに言い出したのは悠哉だった。
「どこに!?」
身を乗り出してたずねる仲間たちの中、彼は唯音に視線を当てる。
「唯ちゃんさ」
「わたし!?」
言われた本人もびっくりして、自分を指差しながら、眼をぱちぱちさせる。
「唯ちゃんなら僕が保証するよ。巳月さん、彼女の歌を聴いていただけませんか」
「こちらのお嬢さんの?」
意外そうに問い返す巳月に、悠哉は力説する。
「彼女は貴堂唯音さんといって、自分の義理の妹にあたります。ずっと歌を勉強していて、今日この街に着いたばかりで、仕事を探しているところなんです。ぜひ一度、聴いてみてください」
巳月は少しの間考えこんでいたが、やがて決心したように口を開いた。
「いいでしょう。開店までもうあまり時間がないので、試しに今ここで何か一曲、歌ってみてもらえますか」
それまで眼を白黒させていた唯音は、歌ってみてもらえますか、という言葉に反射的にうなずいた。
「はい!」
思いもかけない成り行きだけど。自分の歌が気に入ってもらえれば、仕事を得られるかもしれない。
この街で、自分の力で暮らしていこうとしている唯音には願ってもない話だ。
「お嬢さん、よければ伴奏しましょうか」
声をかけてくれたピアニストに、唯音は笑みをたたえた。心強い助っ人だ。
「ぜひお願いします」
「どんな曲がお望みかな」
巳月を初め、バンドのメンバーたちの注目の中、小首を傾げてから、
「えっと、では、『遥かにあなたの名を呼んで』を」
唯音が大好きな曲のひとつで、離れ離れになった男女の想いをこめた恋歌だ。
OK、と葉村が答え、鍵盤に指を乗せる。
前奏が流れ出すと、唯音は自分を落ち着かせるように、すっと息を吸い込んだ。
ぶっつけ本番のオーディション。自信などないけれど、やるしかない。
サポートしてくれるピアノの音に合わせ、唯音が唇を動かした次の瞬間。
ブルーレディの店内に、艶 のある声が響き渡った。
忙しく開店前の準備をしていたウエイターたちが振り返り、手を止めて耳を傾ける。
彼女の華奢 な姿からは想像が難しいほどの、豊かな歌声。
美しい、切ない旋律の恋歌を、唯音は情感をこめて歌っていった。いつしかこれがオーディションだということさえ忘れていた。
最後のフレーズを歌い終わると、唯音は丁重にお辞儀した。真っ先に悠哉とバンドの仲間たちが、次いでフロアにいたウエイターたちが手を叩く。
しかし肝心の巳月は黙ったままで、唯音は不安にかられて胸に手を当てた。
……自分の歌は、期待に添えなかったのだろうか。
が、ひと呼吸置いて巳月は腕組みをほどき、唯音に語りかけた。
「予想以上でしたよ、お嬢さん……いや、貴堂唯音さん」
先刻までのポーカーフェイスは崩れ、顔には笑みがにじんでいる。
「とりあえず今夜、歌ってみていただけますか。こちらからはあれこれ言いませんので、曲目などはバンドの方たちと相談してください」
「はい!」
「開店の時間が迫っていますので、くわしい話は後ほど。今夜のステージが良ければ、契約も考えます」
ありがとうございます、と唯音は深く頭を下げた。まずは第一関門突破、というところだ。
「やったな、唯ちゃん!」
自分のことのように嬉しげに、悠哉が声を弾ませた。
「いるよ、歌手なら」
と、自信ありげに言い出したのは悠哉だった。
「どこに!?」
身を乗り出してたずねる仲間たちの中、彼は唯音に視線を当てる。
「唯ちゃんさ」
「わたし!?」
言われた本人もびっくりして、自分を指差しながら、眼をぱちぱちさせる。
「唯ちゃんなら僕が保証するよ。巳月さん、彼女の歌を聴いていただけませんか」
「こちらのお嬢さんの?」
意外そうに問い返す巳月に、悠哉は力説する。
「彼女は貴堂唯音さんといって、自分の義理の妹にあたります。ずっと歌を勉強していて、今日この街に着いたばかりで、仕事を探しているところなんです。ぜひ一度、聴いてみてください」
巳月は少しの間考えこんでいたが、やがて決心したように口を開いた。
「いいでしょう。開店までもうあまり時間がないので、試しに今ここで何か一曲、歌ってみてもらえますか」
それまで眼を白黒させていた唯音は、歌ってみてもらえますか、という言葉に反射的にうなずいた。
「はい!」
思いもかけない成り行きだけど。自分の歌が気に入ってもらえれば、仕事を得られるかもしれない。
この街で、自分の力で暮らしていこうとしている唯音には願ってもない話だ。
「お嬢さん、よければ伴奏しましょうか」
声をかけてくれたピアニストに、唯音は笑みをたたえた。心強い助っ人だ。
「ぜひお願いします」
「どんな曲がお望みかな」
巳月を初め、バンドのメンバーたちの注目の中、小首を傾げてから、
「えっと、では、『遥かにあなたの名を呼んで』を」
唯音が大好きな曲のひとつで、離れ離れになった男女の想いをこめた恋歌だ。
OK、と葉村が答え、鍵盤に指を乗せる。
前奏が流れ出すと、唯音は自分を落ち着かせるように、すっと息を吸い込んだ。
ぶっつけ本番のオーディション。自信などないけれど、やるしかない。
サポートしてくれるピアノの音に合わせ、唯音が唇を動かした次の瞬間。
ブルーレディの店内に、
忙しく開店前の準備をしていたウエイターたちが振り返り、手を止めて耳を傾ける。
彼女の
美しい、切ない旋律の恋歌を、唯音は情感をこめて歌っていった。いつしかこれがオーディションだということさえ忘れていた。
最後のフレーズを歌い終わると、唯音は丁重にお辞儀した。真っ先に悠哉とバンドの仲間たちが、次いでフロアにいたウエイターたちが手を叩く。
しかし肝心の巳月は黙ったままで、唯音は不安にかられて胸に手を当てた。
……自分の歌は、期待に添えなかったのだろうか。
が、ひと呼吸置いて巳月は腕組みをほどき、唯音に語りかけた。
「予想以上でしたよ、お嬢さん……いや、貴堂唯音さん」
先刻までのポーカーフェイスは崩れ、顔には笑みがにじんでいる。
「とりあえず今夜、歌ってみていただけますか。こちらからはあれこれ言いませんので、曲目などはバンドの方たちと相談してください」
「はい!」
「開店の時間が迫っていますので、くわしい話は後ほど。今夜のステージが良ければ、契約も考えます」
ありがとうございます、と唯音は深く頭を下げた。まずは第一関門突破、というところだ。
「やったな、唯ちゃん!」
自分のことのように嬉しげに、悠哉が声を弾ませた。