第58話 交換

文字数 515文字

 シュウレイに呼ばれ、書斎に来た大佐は机の上の電話を見た。
 フックから外された受話器が横に置かれている。
 予想はあった。おそらく唯音に関係するものだろう。
 大佐は受話器を取り、耳もとに当てた。
「貴堂だが」
「海軍陸戦隊の貴堂大佐ですね?」
 受話器の向こう側から流れてきたのは若い男の声だった。相手を確認すると、声は単刀直入に告げた。
「姪御さんをあずかっています」
 大佐の眉がぴくりと動く。
「君たちは何者だ?」
「我々はこの国のために戦っている者です。大佐にお話があります」
「姪を誘拐してしておいて、お話、かね。唯音は無事なんだろうな!?」
 ご安心ください、と声が低く笑う。
「丁重におあずかりしていますよ」
「君が唯音の友人だったという青年かね?」
 声の主が一瞬みせた動揺に、やはり、と大佐は内心うなずいた。信じていた者に裏切られた唯音が哀れだった。
「目的は何だ?」
「要点だけ申し上げます。先日、憲兵隊に逮捕された我々の仲間を返していただきたい」
「何だと!?」
 驚愕をこめて語尾が上がる。
「あの、病院を爆破した連中か!?」
「そうです。姪御さんと交換に彼らを釈放していただきたい」
「……」
 大佐は沈黙した。脳裏をめまぐるしく考えが交差した。

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登場人物紹介

貴堂唯音(きどうゆいね)


十八歳。日本での窮屈な暮らしから逃れ、歌手をめざして上海にやって来る。

中原悠哉(なかはらゆうや)


唯音の義理の兄。上海でジャズ・ミュージシャンをしている。

リュウ


唯音が出会った中国人の青年。上海を離れていたが、ある目的を秘めて戻って来る。

貴堂大佐


唯音のおじ。武官として上海に駐在している。

早くに妻を亡くし、唯音を実の娘のように可愛がっている。

アレクセイ


ナイトクラブ「ブルーレディ」のウェイター長。彼が子供の頃、祖国で革命が起こり、両親と共に上海に逃れてきた。

リーリ


ブルーレディの踊り子。リュウとはかつて恋人同士だったと言うが……。

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