第61話 取引
文字数 967文字
電話のある書斎から、貴堂大佐が戻って来たのは十分ほど過ぎた頃だった。
ドアが開き、床に視線を落としていた悠哉が顔を上げる。
大佐の蒼白な顔を見て悠哉は直感した。
「……唯ちゃんの件ですね?」
向かいの椅子にどさりと腰を降ろし、そうだ、と大佐はうなずいた。
「行方がわかったんですか!?」
「抗日分子から連絡が入った。唯音をあずかっている、と」
悠哉は息を呑み、唇を噛みしめた。最も恐れていた事態が起きてしまったのだ。
「唯ちゃんは無事なんですか!? 彼らの目的はいったい何なんです?」
「先日、憲兵隊が逮捕した独立活動家の釈放だ。虹口地区の病院を爆破した連中だ。唯音の身柄と引き換えに彼らの解放を申し入れてきた」
大佐は宙を見つめ、大きく息をつく。
重苦しい沈黙が漂った。やがてその沈黙に耐えかねるように悠哉が口を開いた。
「それで、どうされるおつもりです?」
身を乗り出し、食い入るように自分を見つめる悠哉に大佐はゆっくりと告げた。
「彼らの要求には応じられない」
苦渋に満ちた、絞り出すような声。
あの爆弾テロで、何の罪もない病人や怪我人までが死んだのだ。
軍人として自分の使命は、この街とそこに住む人々を守ることだ。破壊活動に走る連中を野に放つわけにはいかない。
「では、大佐は唯ちゃんを見殺しにするおつもりですか!?」
激昂して叫ぶ悠哉に大佐は、いや、ときっぱり首を横に振った。
「取引に応じることはできない。だが、あの娘 を救い出さなくては」
「でも、どうやって……」
「私に考えがある」
悠哉は陸戦隊でも切れ者と言われる貴堂大佐の顔を凝視した。そこにはいつも唯音や自分に見せるような穏やかさは微塵 もなかった。
「彼らは三時間後にもう一度、連絡を入れてくると言っていた。交渉に応じる──連中にはそう伝えておく」
「……大佐は、何をお考えなんです?」
唯音を救うためにどんな手を打つつもりなのか、悠哉にはわかりかねていた。
「私はこれから陸戦隊本部に行くが、悠哉くん、一緒に来るかね? 信頼できる者を極秘に集めなければならないのでな」
「僕も手伝います」
勢いよく椅子から立ち上がる悠哉に、銃は扱えるかね、と大佐が問う。
一瞬、悠哉は困惑した表情を浮かべ、
「射撃場でなら撃ったことがあります。実際に人に向けたことはありませんが……」
苦々しい口調で答えた。
ドアが開き、床に視線を落としていた悠哉が顔を上げる。
大佐の蒼白な顔を見て悠哉は直感した。
「……唯ちゃんの件ですね?」
向かいの椅子にどさりと腰を降ろし、そうだ、と大佐はうなずいた。
「行方がわかったんですか!?」
「抗日分子から連絡が入った。唯音をあずかっている、と」
悠哉は息を呑み、唇を噛みしめた。最も恐れていた事態が起きてしまったのだ。
「唯ちゃんは無事なんですか!? 彼らの目的はいったい何なんです?」
「先日、憲兵隊が逮捕した独立活動家の釈放だ。虹口地区の病院を爆破した連中だ。唯音の身柄と引き換えに彼らの解放を申し入れてきた」
大佐は宙を見つめ、大きく息をつく。
重苦しい沈黙が漂った。やがてその沈黙に耐えかねるように悠哉が口を開いた。
「それで、どうされるおつもりです?」
身を乗り出し、食い入るように自分を見つめる悠哉に大佐はゆっくりと告げた。
「彼らの要求には応じられない」
苦渋に満ちた、絞り出すような声。
あの爆弾テロで、何の罪もない病人や怪我人までが死んだのだ。
軍人として自分の使命は、この街とそこに住む人々を守ることだ。破壊活動に走る連中を野に放つわけにはいかない。
「では、大佐は唯ちゃんを見殺しにするおつもりですか!?」
激昂して叫ぶ悠哉に大佐は、いや、ときっぱり首を横に振った。
「取引に応じることはできない。だが、あの
「でも、どうやって……」
「私に考えがある」
悠哉は陸戦隊でも切れ者と言われる貴堂大佐の顔を凝視した。そこにはいつも唯音や自分に見せるような穏やかさは
「彼らは三時間後にもう一度、連絡を入れてくると言っていた。交渉に応じる──連中にはそう伝えておく」
「……大佐は、何をお考えなんです?」
唯音を救うためにどんな手を打つつもりなのか、悠哉にはわかりかねていた。
「私はこれから陸戦隊本部に行くが、悠哉くん、一緒に来るかね? 信頼できる者を極秘に集めなければならないのでな」
「僕も手伝います」
勢いよく椅子から立ち上がる悠哉に、銃は扱えるかね、と大佐が問う。
一瞬、悠哉は困惑した表情を浮かべ、
「射撃場でなら撃ったことがあります。実際に人に向けたことはありませんが……」
苦々しい口調で答えた。