第20話 眼光

文字数 794文字

 と、ちょうど店に入って来る客があった。その顔を見て、唯音は弾んだ声を上げた。
「リュウ!」
 店の入り口でいきなり出くわしたリュウも、ひと呼吸おいて笑いかける。
「どうしたんだい、ドアのところで二人そろって」
「わたしのおじさまを見送ろうとしていたところなの」
 唯音の言葉に、彼はかたわらに立っていた大佐に視線を向けた。
「おじさま、お友達のリュウよ」
 紹介され、軽く頭を下げる。
「こちらは貴堂大佐。わたしのおじなの」
「貴堂、大佐……?」
 唯音が口にした名に、彼の表情がぴくりと動いた。
「知ってるの?」
 不思議そうにまばたきする唯音に、彼がいや、と首を横に振る。
「ただ、唯音と同じ姓だなと思って」
「そうね、父方のおじだから」
 よろしく、とリュウが告げ、大佐もこちらこそ、とうなずく。それは何気ない出会いだった。少なくとも唯音にはそう思えた。
「では、私はこれで」
「本当に無理なさらないでね、おじさま」
「ああ、唯音の忠告を聞くことにするよ。──よい夜を」
「おじさまもね」
 おーい、時間だぞ。バンド仲間が店の入り口まで悠哉と唯音を呼びに来る。
 ブルーレディの外、通りには車が待たせてあった。大佐が乗り込み、車が発進するのを見届けると二人は急いで引き返した。
「ごめんなさいね、リュウ。せっかく来てくれたのに、ばたばたしてしまって」
 一緒に急ぎ足でフロアを歩きながら唯音が()びる。
「俺ならかまわないが。そうか、あの人が君のおじさんなのか」
「おじはね、早くに奥さまを亡くして子供もいないので、わたしを実の娘みたいに可愛がってくれているの」
「大佐ってことは軍人だろう? 雰囲気がずいぶん毅然としていた」
「陸戦隊本部に所属しているわ」
「なるほどね……」
 ステージのすそ、カーテンの陰からバンド仲間たちが()かすように手招きしている。
 そちらに気を取られ、唯音は彼の見せた表情に、一瞬、鋭く光った眼に気づかなかった。

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登場人物紹介

貴堂唯音(きどうゆいね)


十八歳。日本での窮屈な暮らしから逃れ、歌手をめざして上海にやって来る。

中原悠哉(なかはらゆうや)


唯音の義理の兄。上海でジャズ・ミュージシャンをしている。

リュウ


唯音が出会った中国人の青年。上海を離れていたが、ある目的を秘めて戻って来る。

貴堂大佐


唯音のおじ。武官として上海に駐在している。

早くに妻を亡くし、唯音を実の娘のように可愛がっている。

アレクセイ


ナイトクラブ「ブルーレディ」のウェイター長。彼が子供の頃、祖国で革命が起こり、両親と共に上海に逃れてきた。

リーリ


ブルーレディの踊り子。リュウとはかつて恋人同士だったと言うが……。

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