第11話 リュウ
文字数 1,319文字
唯音を捕えていた男はうずくまったままだ。他の二人が殺気立つのがわかった。男たちは罵りの声を上げながら彼に飛びかかっていく。
後は信じられないような光景が展開した。
拳法だろうか。鞭のようにしなやかな動きで、細身の男はあっという間に、屈強な水夫たちを倒してしまったのだ。
男たちを片づけると、彼は無言で唯音の手を引き、街灯のある大通りまで走り出た。
追ってくる気配はなかった。街灯の下で男がたずねかける。
「大丈夫か?」
「……ええ。助けてくれて、ありがとう」
まだショックから抜け切れずに、身をすくめながら、改めて相手の顔を見て、唯音は瞠目 した。
「あなたは……」
彼こそ先刻、ブルーレディで瞳を見かわした、その男だったのだ。
男の方もまじまじと唯音を見つめ、驚きの表情を浮かべる。
「君は、ナイトクラブで歌っていた……」
二人は互いに見つめ合い、やがて皮肉まじりに彼が言った。
「どうやら君は、この街に来たばかりらしいな」
「今日着いたばかりよ」
「どうりで無謀 なはずだ。驚いたぞ。通りを歩いていたら、女の悲鳴が聞こえてきたんだからな」
「……」
「家はどこだ? 送っていこう。だいたい、こんな時間に女ひとりで不用心に出歩く方が間違ってる」
唯音は細い指を握りしめ、うつむいた。彼の言う通りだ。自分の責任だった。
「この街は、いつもこんなにひどいの?」
ぽつりとたずねる唯音に、彼は、そうだな、と淡々と相槌を打った。
「陰謀、麻薬、テロ……何でもある。ひどい街さ」
うつむいたまま、唯音がきつく唇を噛んだ時だ。
「唯ちゃん!」
聞き覚えのある声がして、唯音は顔を上げた。通りを駆けてくる悠哉が視界に映る。
「ひとりで帰ったと聞いて、気になって……」
息を弾ませながら走り寄り、言いかけた悠哉は愕然とした。
「……唯ちゃん、その恰好……」
改めて自分を見回すと、彼が驚くのも無理はなかった。
真紅のチャイナドレスは胸のところのボタンがちぎれ、鎖骨のあたりまで肌が露わになっている。
耳もとに手をやると、飾った薔薇は形もとどめず、花びらがひとひら、乱れた髪に引っかかっている。
つかまれた手首は痣 になっていて、顔を殴られなかっただけ幸運だろう。。
「いったいどうしたんだ!?」
「西洋人の水夫たちにからまれたの。でも、もう大丈夫よ。この男 が助けてくれ……」
胸もとを押さえながら、途中で唯音は言葉をつまらせた。
悠哉の顔を見たら急に気持ちがゆるみ、涙がこみ上げてきて、唯音は彼の胸にしがみついた。
「ああ……落ち着いて」
泣きじゃくる唯音をあやすように軽く背中を叩く。それからやっと悠哉は自分たちのかたわらに立つ男に視線を向けた。
「彼女を助けてくれて、どうも……」
丁寧な口調で述べかけた礼が、途中で驚きの声に変わる。
「リュウ!」
「久しぶりだな、悠哉」
二人のやりとりに、唯音は意外な思いで顔を上げた。
「知り合いなの?」
「友達さ。ピアノが上手いんだ。改めて礼を言うよ、リュウ」
感謝をこめた眼差しと共に、唯音を紹介してくれる。
「彼女は貴堂唯音さん。僕の義理の妹にあたるんだ。本来なら深窓の令嬢なのに、おてんばでね」
悠哉のそんなもの言いに、いやね、と唯音は泣き笑いする。
後は信じられないような光景が展開した。
拳法だろうか。鞭のようにしなやかな動きで、細身の男はあっという間に、屈強な水夫たちを倒してしまったのだ。
男たちを片づけると、彼は無言で唯音の手を引き、街灯のある大通りまで走り出た。
追ってくる気配はなかった。街灯の下で男がたずねかける。
「大丈夫か?」
「……ええ。助けてくれて、ありがとう」
まだショックから抜け切れずに、身をすくめながら、改めて相手の顔を見て、唯音は
「あなたは……」
彼こそ先刻、ブルーレディで瞳を見かわした、その男だったのだ。
男の方もまじまじと唯音を見つめ、驚きの表情を浮かべる。
「君は、ナイトクラブで歌っていた……」
二人は互いに見つめ合い、やがて皮肉まじりに彼が言った。
「どうやら君は、この街に来たばかりらしいな」
「今日着いたばかりよ」
「どうりで
「……」
「家はどこだ? 送っていこう。だいたい、こんな時間に女ひとりで不用心に出歩く方が間違ってる」
唯音は細い指を握りしめ、うつむいた。彼の言う通りだ。自分の責任だった。
「この街は、いつもこんなにひどいの?」
ぽつりとたずねる唯音に、彼は、そうだな、と淡々と相槌を打った。
「陰謀、麻薬、テロ……何でもある。ひどい街さ」
うつむいたまま、唯音がきつく唇を噛んだ時だ。
「唯ちゃん!」
聞き覚えのある声がして、唯音は顔を上げた。通りを駆けてくる悠哉が視界に映る。
「ひとりで帰ったと聞いて、気になって……」
息を弾ませながら走り寄り、言いかけた悠哉は愕然とした。
「……唯ちゃん、その恰好……」
改めて自分を見回すと、彼が驚くのも無理はなかった。
真紅のチャイナドレスは胸のところのボタンがちぎれ、鎖骨のあたりまで肌が露わになっている。
耳もとに手をやると、飾った薔薇は形もとどめず、花びらがひとひら、乱れた髪に引っかかっている。
つかまれた手首は
「いったいどうしたんだ!?」
「西洋人の水夫たちにからまれたの。でも、もう大丈夫よ。この
胸もとを押さえながら、途中で唯音は言葉をつまらせた。
悠哉の顔を見たら急に気持ちがゆるみ、涙がこみ上げてきて、唯音は彼の胸にしがみついた。
「ああ……落ち着いて」
泣きじゃくる唯音をあやすように軽く背中を叩く。それからやっと悠哉は自分たちのかたわらに立つ男に視線を向けた。
「彼女を助けてくれて、どうも……」
丁寧な口調で述べかけた礼が、途中で驚きの声に変わる。
「リュウ!」
「久しぶりだな、悠哉」
二人のやりとりに、唯音は意外な思いで顔を上げた。
「知り合いなの?」
「友達さ。ピアノが上手いんだ。改めて礼を言うよ、リュウ」
感謝をこめた眼差しと共に、唯音を紹介してくれる。
「彼女は貴堂唯音さん。僕の義理の妹にあたるんだ。本来なら深窓の令嬢なのに、おてんばでね」
悠哉のそんなもの言いに、いやね、と唯音は泣き笑いする。