第21話 ビリー

文字数 462文字

「おい、明日は店は休みだろう?」
 その日のステージをすべて終え、店を引き上げる途中でバンド仲間のひとり、ドラマーの水澤が快活に口を開いた。
「どうだい? これからみんなでどこかへ飲みに行かないか」
「でも、この時間だともう閉まる店が多いんじゃないか」
「大丈夫、知り合いがピアノバーをやっているんだ。小さいけど、遅くまでやっているし、落ち着いた雰囲気のいい店だよ。以前にも行ったことがある。覚えてないかい?」
「『ビリー』か?」
 一緒に歩いていたリュウが思い出したように店名を口にする。
 そう、といささか太めの身体を揺すって水澤はうなずいた。
「ああ、あの店!」
 ベースの(ケイ)もぱちんと指をはじく。
「そいつはいいや。異議なし!」
 陽気なメンバーたちがわっと歓声を上げ、反対する者はいなかった。
「唯ちゃん、リュウもいいだろう?」
「ええ!」
「懐かしいな」
「あ、でも葉村さん、遅くなると奥さんが心配するんじゃないですか」
 懸念する悠哉に、たまにはいいさ、と年長のピアニストが片目をつむってみせる。若いメンバーが多い中で、彼だけが結婚していた。

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登場人物紹介

貴堂唯音(きどうゆいね)


十八歳。日本での窮屈な暮らしから逃れ、歌手をめざして上海にやって来る。

中原悠哉(なかはらゆうや)


唯音の義理の兄。上海でジャズ・ミュージシャンをしている。

リュウ


唯音が出会った中国人の青年。上海を離れていたが、ある目的を秘めて戻って来る。

貴堂大佐


唯音のおじ。武官として上海に駐在している。

早くに妻を亡くし、唯音を実の娘のように可愛がっている。

アレクセイ


ナイトクラブ「ブルーレディ」のウェイター長。彼が子供の頃、祖国で革命が起こり、両親と共に上海に逃れてきた。

リーリ


ブルーレディの踊り子。リュウとはかつて恋人同士だったと言うが……。

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