第46話 景気のいい音楽
文字数 600文字
背中を刺していた視線がふっと消えた。振り向くと、リーリがテーブルについて客にビールをついでいた。
あの人、リーリと知り合いみたいだったけど……。
テロリスト──抗日活動家だと、憲兵隊の士官は言っていた。
反射的にリュウの姿が脳裏に浮かんだ。昨日、子供をあやすように、ふんわりと抱きしめてくれた彼が。
リュウは本当に抗日活動をしているのだろうか。だとしたら、あんな風に追われたりするのだろうか……。
胸をしめつける思いに眼を伏せた時、ふと視線を感じて唯音は顔を上げた。リーリではない。悠哉だった。
瞳が合っても悠哉は何も言わなかった。でも、その意図が痛いほどわかった気がして、唯音はそっと唇を嚙んだ。
悠哉はリュウのことを考えたのだ。唯音と同じように。
「すまないが、音楽を頼めるかね」
支配人の巳月が困惑した表情で声をかけてくる。
「今しがたの一件で、店の雰囲気がすっかり沈みこんでしまった。景気のいい音楽が欲しいんだが」
「わかりました」
「任せてくださいよ。とびきり陽気なやつをやりましょう」
口々に答え、バンドの面々はステージへと上がっていく。だが、口調とは裏腹に表情は冴えなかった。
「嫌な世の中だね」
クラリネットを持ちながら、メンバーのひとりがぼそりとつぶやく。
「ああ、全く嫌な世の中だ」
「だからこそ気分を変えて、いい音楽をやらなくちゃ」
悠哉が務めて明るく言い、サックスの吹き口に唇を当てた。
あの人、リーリと知り合いみたいだったけど……。
テロリスト──抗日活動家だと、憲兵隊の士官は言っていた。
反射的にリュウの姿が脳裏に浮かんだ。昨日、子供をあやすように、ふんわりと抱きしめてくれた彼が。
リュウは本当に抗日活動をしているのだろうか。だとしたら、あんな風に追われたりするのだろうか……。
胸をしめつける思いに眼を伏せた時、ふと視線を感じて唯音は顔を上げた。リーリではない。悠哉だった。
瞳が合っても悠哉は何も言わなかった。でも、その意図が痛いほどわかった気がして、唯音はそっと唇を嚙んだ。
悠哉はリュウのことを考えたのだ。唯音と同じように。
「すまないが、音楽を頼めるかね」
支配人の巳月が困惑した表情で声をかけてくる。
「今しがたの一件で、店の雰囲気がすっかり沈みこんでしまった。景気のいい音楽が欲しいんだが」
「わかりました」
「任せてくださいよ。とびきり陽気なやつをやりましょう」
口々に答え、バンドの面々はステージへと上がっていく。だが、口調とは裏腹に表情は冴えなかった。
「嫌な世の中だね」
クラリネットを持ちながら、メンバーのひとりがぼそりとつぶやく。
「ああ、全く嫌な世の中だ」
「だからこそ気分を変えて、いい音楽をやらなくちゃ」
悠哉が務めて明るく言い、サックスの吹き口に唇を当てた。