第56話 嗚咽
文字数 631文字
──あなたなんか利用されてるだけよ!
いつか聞いたリーリの台詞が鮮やかに甦り、鋭く胸に突き刺さった。
「は……」
すべてのからくりがわかって、片手で顔をおおい、唯音は笑い出した。
「唯音?」
怪訝そうなリュウにはおかないなしに、唯音は乾いた声で笑い続けた。
リュウが自分に近づいてきたのは……ご丁寧に恋人のふりまでしたのは、そんな目的があったからなのだ。
何も知らずに騙されていた小娘は、さぞ愚かで滑稽だっただろう。
甲高い声でひとしきり笑った後、唯音はきっと彼を見据えた。
「残念だったわね、わたしなんかを誘拐しても無駄よ。抗日分子の釈放なんて、おじさまが承知するはずがないわ」
「──するさ。君がいる」
血が滲むほど唇を噛んで、唯音は彼に向って枕もとにあった水差しを投げつけた。ガラス製のそれは彼の頬をかすめ、背後の壁に当たって粉々に砕け散った。
「出ていって、わたしの前から消えて!」
生まれて初めて感じた、相手を殺してやりたいほどの憎悪。
こんなに誰かを憎めるなんて自分でも不思議なほどだった。
ほんの数時間前までは心から愛しく想っていた相手なのに。
彼女の望み通り、彼は静かにドアを開けて出ていった。
外から鍵とかんぬきのかかる音がして、その冷たい響きを聞きながら、唯音は硬いベッドに突っ伏した。
幸せだった日々が音を立てて崩れていく。あの笑顔も、ぬくもりも、すべて嘘だったのだ。
唇から嗚咽がもれ、シーツをきつくつかむ。
裏切られた哀しみが全身を貫いていた。
いつか聞いたリーリの台詞が鮮やかに甦り、鋭く胸に突き刺さった。
「は……」
すべてのからくりがわかって、片手で顔をおおい、唯音は笑い出した。
「唯音?」
怪訝そうなリュウにはおかないなしに、唯音は乾いた声で笑い続けた。
リュウが自分に近づいてきたのは……ご丁寧に恋人のふりまでしたのは、そんな目的があったからなのだ。
何も知らずに騙されていた小娘は、さぞ愚かで滑稽だっただろう。
甲高い声でひとしきり笑った後、唯音はきっと彼を見据えた。
「残念だったわね、わたしなんかを誘拐しても無駄よ。抗日分子の釈放なんて、おじさまが承知するはずがないわ」
「──するさ。君がいる」
血が滲むほど唇を噛んで、唯音は彼に向って枕もとにあった水差しを投げつけた。ガラス製のそれは彼の頬をかすめ、背後の壁に当たって粉々に砕け散った。
「出ていって、わたしの前から消えて!」
生まれて初めて感じた、相手を殺してやりたいほどの憎悪。
こんなに誰かを憎めるなんて自分でも不思議なほどだった。
ほんの数時間前までは心から愛しく想っていた相手なのに。
彼女の望み通り、彼は静かにドアを開けて出ていった。
外から鍵とかんぬきのかかる音がして、その冷たい響きを聞きながら、唯音は硬いベッドに突っ伏した。
幸せだった日々が音を立てて崩れていく。あの笑顔も、ぬくもりも、すべて嘘だったのだ。
唇から嗚咽がもれ、シーツをきつくつかむ。
裏切られた哀しみが全身を貫いていた。