第51話 寡黙

文字数 641文字

「リュウ……?」
 彼女は訝し気に彼を覗き込んだ。
「どうかして?」
 しかし唯音がそうたずねた時には、彼はもういつもの冷静な表情に戻っていた。
「いや、何でもない。ちょっと考え事をしていてね。さあ、座って」
 彼女が席につくと、テーブルの上で両手の指を組み、しばらくぶりだね、と笑いかける。
「本当に、しばらくぶりね」
 唯音は相槌を打ち、注文を取りに来たウェイトレスにコーヒーとアイスクリームを頼んだ。
「あなたってば、ずっと連絡をくれないんですもの。今までどうしていたの」
「すまなかった。いろいろあってね」
「いろいろ?」
 言葉をなぞる唯音に、彼は話題をそらすように問い返す。
「俺より君の方はどうだ? 何か変わったことはあったかい」
「わたしの方はいいニュースがあるわ。今日、おじさまが退院できたの」
「そいつは良かった」
 が、口調とは裏腹に眼は笑っておらず、やっぱりどこか変だわ、と唯音は感じた。どことなくぴりぴりしているようだ。
 けれど、いつもと違う態度が気にはなっても、久しぶりに彼と会うのは楽しかった。唯音はわざと軽い話題を選び、最近のブルーレディの様子やジャズのことなど、他愛のない話をしていった。
 やがて、しゃべりつつも彼女が大好きなアイスクリームをやっつけてしまうと、散歩でもしようかと彼が提案した。
 二人はパーラーを出て、中央公園の方角へとゆっくり歩を運んでいく。
 笑っていても、話が途切れると、やはりリュウは寡黙だった。もともと口数の多い方ではないのだが、いつも以上に黙りがちだ。

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登場人物紹介

貴堂唯音(きどうゆいね)


十八歳。日本での窮屈な暮らしから逃れ、歌手をめざして上海にやって来る。

中原悠哉(なかはらゆうや)


唯音の義理の兄。上海でジャズ・ミュージシャンをしている。

リュウ


唯音が出会った中国人の青年。上海を離れていたが、ある目的を秘めて戻って来る。

貴堂大佐


唯音のおじ。武官として上海に駐在している。

早くに妻を亡くし、唯音を実の娘のように可愛がっている。

アレクセイ


ナイトクラブ「ブルーレディ」のウェイター長。彼が子供の頃、祖国で革命が起こり、両親と共に上海に逃れてきた。

リーリ


ブルーレディの踊り子。リュウとはかつて恋人同士だったと言うが……。

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