第93話 求婚
文字数 642文字
「唯ちゃん、日本に帰ったら……」
「え?」
ぼんやりと風になびく旗を眺めていた唯音は、悠哉の声に彼の方を向いた。
小首をかしげ、自分を見つめる唯音に、思い切ったように告げる。
「結婚してくれないか」
「──」
また微風が吹いて、さらっと髪を揺らす。言葉を失う唯音に、悠哉は静かに続ける。
「こんな混沌とした時代だ。日本に帰ってもどうなるかわからない。でも、少しでも唯ちゃんを幸せにしたいと思ってる」
「悠哉さん……」
「今すぐでなくていい。返事をきかせてほしい」
まっすぐな想いから逃れるように唯音は眼を伏せた。
「でも、わたしは……」
「彼か?」
かすかな苛立ちに悠哉の眼が細められる。
「そうやっていつまで待つつもりだ? 生きているのなら、なぜこの街に、君の前に姿を現さない?」
唯音には返す言葉がなかった。悠哉に言われるまでもない。いくつもの眠れない夜、その不安は彼女を苦しめてきたのだから。
生きているのなら、そしてまだ自分を想ってくれているのなら、なぜ……と。
「結婚のことは今すぐでなくていい。でも、唯ちゃんひとりをこの街に残していくわけにはいかない。日本への引き揚げだけは一緒に連れていく。そのつもりでいてくれ」
両手を胸にあてて唯音は悠哉を見つめた。
水面に漂う葦のように心が揺れた。
もうずっと長い間、自分を想ってくれている優しい人。
彼と共に暮らせば、ささやかではあるけれど幸福な日々が送れるに違いない。
なのに。今の唯音にはイエスと答えられなかった。ただ黙っているしかできなかった。
「え?」
ぼんやりと風になびく旗を眺めていた唯音は、悠哉の声に彼の方を向いた。
小首をかしげ、自分を見つめる唯音に、思い切ったように告げる。
「結婚してくれないか」
「──」
また微風が吹いて、さらっと髪を揺らす。言葉を失う唯音に、悠哉は静かに続ける。
「こんな混沌とした時代だ。日本に帰ってもどうなるかわからない。でも、少しでも唯ちゃんを幸せにしたいと思ってる」
「悠哉さん……」
「今すぐでなくていい。返事をきかせてほしい」
まっすぐな想いから逃れるように唯音は眼を伏せた。
「でも、わたしは……」
「彼か?」
かすかな苛立ちに悠哉の眼が細められる。
「そうやっていつまで待つつもりだ? 生きているのなら、なぜこの街に、君の前に姿を現さない?」
唯音には返す言葉がなかった。悠哉に言われるまでもない。いくつもの眠れない夜、その不安は彼女を苦しめてきたのだから。
生きているのなら、そしてまだ自分を想ってくれているのなら、なぜ……と。
「結婚のことは今すぐでなくていい。でも、唯ちゃんひとりをこの街に残していくわけにはいかない。日本への引き揚げだけは一緒に連れていく。そのつもりでいてくれ」
両手を胸にあてて唯音は悠哉を見つめた。
水面に漂う葦のように心が揺れた。
もうずっと長い間、自分を想ってくれている優しい人。
彼と共に暮らせば、ささやかではあるけれど幸福な日々が送れるに違いない。
なのに。今の唯音にはイエスと答えられなかった。ただ黙っているしかできなかった。