第41話 不安
文字数 881文字
唯音はしがみついていた手を離し、小さく息をついた。
「驚かせてごめんなさい。実は、おじが狙撃されて大ケガをしたの。それでわたし、気が動転してしまって……」
「おじさんが?」
眼を細めて訊き返す彼に、黙って首是する。
「ケガの具合は? もう病院には行ってきたのかい」
「もちろん駆けつけたわ。命に別状はないし、意識もあったけど、でも、ひどいケガで……」
思い出しただけで胸がふさがれそうな気がする。
「そんなことがあったのか」
真顔になって、彼は両手で彼女の肩をつつみこむ。
「大丈夫、きっとすぐに良くなるさ」
暖かな言葉が心に染み渡り、唯音は眼をつむって彼の胸に顔を埋めた。
「どころで、あれはどうした?」
「え?」
閉じていた眼を開け、見上げると、彼はテーブルの下を指差した。
「あのカップさ。割れて、床に転がっているじゃないか」
どきっと心臓の音が跳ね上がったが、唯音は何気ない風を装って説明した。
「あれはね、片づけようとして、わたし、うっかり落としてしまったの」
「そそっかしいな」
少し呆れたように彼が笑い、本当ね、と一緒になって笑む。
テーブルには、もうひとつのカップがそのままになっている。鋭いリュウのことだ。何かを感じ取っただろう。が、彼はそれ以上追及しようとはしなかった。
唯音にしてもとても悠哉の件は話せなかった。彼の行為も、その言葉も。
──噂があるんだ。彼が抗日活動をしているという……。
──あなたなんか利用されているだけよ!
いいえ、違うわ!
脳裏にこだまする悠哉やリーリの台詞を、唯音は強く打ち消した。
そんなはずが、ない。
もしも彼が本当に抗日活動をしているとしても、自分が利用されているなどとはあり得ない。
自分はちっぽけな娘で、駈け出しの歌手に過ぎない。財産や権力や情報といった、活動家たちにとって有益なものは何ひとつ持っていないのだ。
再び彼の胸に顔を寄せながら、唯音は自分に言い聞かせた。
リーリの言ったことは、外れてる。だって、わたしには何の利用価値もないのだもの。
なのに。彼を信じつつも、唯音は胸に漠然とした不安が巣くうのを感じていた。
「驚かせてごめんなさい。実は、おじが狙撃されて大ケガをしたの。それでわたし、気が動転してしまって……」
「おじさんが?」
眼を細めて訊き返す彼に、黙って首是する。
「ケガの具合は? もう病院には行ってきたのかい」
「もちろん駆けつけたわ。命に別状はないし、意識もあったけど、でも、ひどいケガで……」
思い出しただけで胸がふさがれそうな気がする。
「そんなことがあったのか」
真顔になって、彼は両手で彼女の肩をつつみこむ。
「大丈夫、きっとすぐに良くなるさ」
暖かな言葉が心に染み渡り、唯音は眼をつむって彼の胸に顔を埋めた。
「どころで、あれはどうした?」
「え?」
閉じていた眼を開け、見上げると、彼はテーブルの下を指差した。
「あのカップさ。割れて、床に転がっているじゃないか」
どきっと心臓の音が跳ね上がったが、唯音は何気ない風を装って説明した。
「あれはね、片づけようとして、わたし、うっかり落としてしまったの」
「そそっかしいな」
少し呆れたように彼が笑い、本当ね、と一緒になって笑む。
テーブルには、もうひとつのカップがそのままになっている。鋭いリュウのことだ。何かを感じ取っただろう。が、彼はそれ以上追及しようとはしなかった。
唯音にしてもとても悠哉の件は話せなかった。彼の行為も、その言葉も。
──噂があるんだ。彼が抗日活動をしているという……。
──あなたなんか利用されているだけよ!
いいえ、違うわ!
脳裏にこだまする悠哉やリーリの台詞を、唯音は強く打ち消した。
そんなはずが、ない。
もしも彼が本当に抗日活動をしているとしても、自分が利用されているなどとはあり得ない。
自分はちっぽけな娘で、駈け出しの歌手に過ぎない。財産や権力や情報といった、活動家たちにとって有益なものは何ひとつ持っていないのだ。
再び彼の胸に顔を寄せながら、唯音は自分に言い聞かせた。
リーリの言ったことは、外れてる。だって、わたしには何の利用価値もないのだもの。
なのに。彼を信じつつも、唯音は胸に漠然とした不安が巣くうのを感じていた。