第84話 暴徒
文字数 587文字
唯音のアパートにどやどやと足音が響いたのは、共同租界が爆撃をうけてほどなくしてのことだった。
はっとして息をひそめ、耳をすます。
隣の部屋でドアが破られ、ついで窓ガラスの割れる音。
物の壊れる音や、荒々しい話声に唯音は身をすくめた。中国軍か、さもなくば暴徒と化した市民に違いなかった。
ここは危険だ、と彼女は感じた。
鞄をベッドの下に押し込んで隠し、奥の部屋に向かう。港とは反対側、通りに面した部屋には小さなベランダがあって非常階段がついている。
派手な音と共に部屋のドアが破られるのと、唯音が身ひとつでベランダから非常階段へ移ったのはほぼ同時だった。
背後で男たちの罵りの声を聞きながら、まだふらつく体で必死に非常階段を駆け降りていく。
その後ろ姿に銃口が向けられ、あと少しで階段が終わるところで、唯音は腕に灼けるような痛みを感じた。銃弾がかすめたのだ。
一瞬よろめき、それでも何とかこらえて階段を降り、通りを駈け出す。
殺せ、と口々に叫ぶ声が聞こえ、男たちが追ってくる。
絶望にかられながら、今となっては妙にがらんとした街を唯音は走った。
かつて通りを闊歩 していた人々は、避難したか、あるいは家の中で息をひそめているか、さもなくば爆撃でやられてしまったに違いない。
朝から降り続いている激しい雨は容赦なく体を打ちつけ、暴徒に追われながら、ただ夢中で唯音は走り続けた。
はっとして息をひそめ、耳をすます。
隣の部屋でドアが破られ、ついで窓ガラスの割れる音。
物の壊れる音や、荒々しい話声に唯音は身をすくめた。中国軍か、さもなくば暴徒と化した市民に違いなかった。
ここは危険だ、と彼女は感じた。
鞄をベッドの下に押し込んで隠し、奥の部屋に向かう。港とは反対側、通りに面した部屋には小さなベランダがあって非常階段がついている。
派手な音と共に部屋のドアが破られるのと、唯音が身ひとつでベランダから非常階段へ移ったのはほぼ同時だった。
背後で男たちの罵りの声を聞きながら、まだふらつく体で必死に非常階段を駆け降りていく。
その後ろ姿に銃口が向けられ、あと少しで階段が終わるところで、唯音は腕に灼けるような痛みを感じた。銃弾がかすめたのだ。
一瞬よろめき、それでも何とかこらえて階段を降り、通りを駈け出す。
殺せ、と口々に叫ぶ声が聞こえ、男たちが追ってくる。
絶望にかられながら、今となっては妙にがらんとした街を唯音は走った。
かつて通りを
朝から降り続いている激しい雨は容赦なく体を打ちつけ、暴徒に追われながら、ただ夢中で唯音は走り続けた。