第54話 詰問

文字数 551文字

 朦朧とした意識の中に、数人の男たちの話し声が流れ込んでくる。だが、低い早口でのやりとりは、何を話しているのか聞き取れない。
 男たちの声をぼんやりと耳にしながら、唯音はうっすらと眼を開けた。
 窓の高い、薄暗い部屋。硬いベッドに自分は寝かされていて、すぐそばにリュウの顔があった。背後には中国服を来た男たちが立っている。
「リュウ……」
 まだはっきりしない頭で彼の名を呼び、ふうっと息をついた時。
 突然、先刻の出来事が脳裏に甦った。
 様子のおかしかった彼。公園を出たところに車が止まっていて、自分は拉致されたのだ。
 とっさに身を起そうとして、唯音は顔をしかめた。
 起こしかけた体を、再びどさりと横たえる。かがされた薬の後遺症だろうか、ひどい頭痛と吐き気がした。
「大丈夫か? 手荒な真似をしてすまなかった」
 リュウが手を伸ばし、背中にふれようとする。が、唯音はそれを音を立てて払いのけた。
「さわらないで!」
 唯音の瞳が彼を射る。
「なぜ、こんなことを……なぜなの!?」
 返答は、無言。
「答えて、リュウ!」
 激しく詰問する唯音に、周囲にたつ男たちが気色ばんだ。リュウを片手で彼らを制する仕草をすると、二人だけにしてくれないか、と告げた。
 敵意に満ちた視線を唯音に向けながらも、黙ってうなずき、男たちが出ていく。

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登場人物紹介

貴堂唯音(きどうゆいね)


十八歳。日本での窮屈な暮らしから逃れ、歌手をめざして上海にやって来る。

中原悠哉(なかはらゆうや)


唯音の義理の兄。上海でジャズ・ミュージシャンをしている。

リュウ


唯音が出会った中国人の青年。上海を離れていたが、ある目的を秘めて戻って来る。

貴堂大佐


唯音のおじ。武官として上海に駐在している。

早くに妻を亡くし、唯音を実の娘のように可愛がっている。

アレクセイ


ナイトクラブ「ブルーレディ」のウェイター長。彼が子供の頃、祖国で革命が起こり、両親と共に上海に逃れてきた。

リーリ


ブルーレディの踊り子。リュウとはかつて恋人同士だったと言うが……。

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