第81話 海鳴り
文字数 644文字
その頃、唯音は落ち着きなく部屋の中を行ったり来たりしていた。
遅すぎるわ、いったいどうしたの、悠哉さん。
幾度も時計を見つめる彼女を、言いようのない不安がからめとる。
まさか、何かあったのじゃ……。
悠哉が理由もなしに約束を放り投げるはずがない。
もう一度、時計を見て、唯音は決心したように鞄を手にした。悠哉のアパートまで行ってみようと思ったのだ。
部屋に鍵をかけ、建物の外へ出て、通りを歩き出そうとした時だった。
家財道具を詰めこんだ避難民の手押し車が、周囲の人混みを蹴散らすように、ものすごい勢いで突進してきたのだ。
「──!」
あっという間の出来事だった。よけようとした唯音は勢いに弾き飛ばされ、背後の壁にしたたかに背中を打ちつけた。
荷車を押していた男は唯音には眼もくれず、無我夢中で郊外をめざして走り去っていく。
壁にもたれたまま、唯音は頭をかかえこんだ。打ちつけた時に脳震盪 をおこしたのか、眩暈 がする。
これではとても避難民でごった返す街を歩けそうもない。唯音は荷物を拾い、自分の部屋へと引き返そうとした。
壁に手をつき、すがるようにして、のろのろと建物に入っていく。やっとの思いで階段を登り、部屋の鍵を開ける。
それが精一杯だった。鞄をどさっと床に置くと、唯音はベッドに倒れ伏した。
ここにいれば、きっと悠哉が来てくれるはずだ。
ぼやけていく思考の片隅で、そんな望みをつなぐ。
街の喧騒がまるで海鳴りのようだった。遠く近く、騒乱を耳にしながら、唯音の意識は遠のいていった。
遅すぎるわ、いったいどうしたの、悠哉さん。
幾度も時計を見つめる彼女を、言いようのない不安がからめとる。
まさか、何かあったのじゃ……。
悠哉が理由もなしに約束を放り投げるはずがない。
もう一度、時計を見て、唯音は決心したように鞄を手にした。悠哉のアパートまで行ってみようと思ったのだ。
部屋に鍵をかけ、建物の外へ出て、通りを歩き出そうとした時だった。
家財道具を詰めこんだ避難民の手押し車が、周囲の人混みを蹴散らすように、ものすごい勢いで突進してきたのだ。
「──!」
あっという間の出来事だった。よけようとした唯音は勢いに弾き飛ばされ、背後の壁にしたたかに背中を打ちつけた。
荷車を押していた男は唯音には眼もくれず、無我夢中で郊外をめざして走り去っていく。
壁にもたれたまま、唯音は頭をかかえこんだ。打ちつけた時に
これではとても避難民でごった返す街を歩けそうもない。唯音は荷物を拾い、自分の部屋へと引き返そうとした。
壁に手をつき、すがるようにして、のろのろと建物に入っていく。やっとの思いで階段を登り、部屋の鍵を開ける。
それが精一杯だった。鞄をどさっと床に置くと、唯音はベッドに倒れ伏した。
ここにいれば、きっと悠哉が来てくれるはずだ。
ぼやけていく思考の片隅で、そんな望みをつなぐ。
街の喧騒がまるで海鳴りのようだった。遠く近く、騒乱を耳にしながら、唯音の意識は遠のいていった。