第12話 優しさ
文字数 1,103文字
「最近見かけなかったな。どうしていたんだい?」
「仕事で上海を離れていたんだ」
「どこへ行っていたんだい?」
「あちこちさ。だが、また当分はこの街だ。よろしく」
「こちらこそ。また一緒に演奏をやりたいな」
笑いあった後、彼は腕組みをして悠哉に告げた。
「君がついていれば彼女は心配ないな」
「ああ、僕が家まで送っていくよ」
「そうしてくれ。すまないが、もうひとつ予定があるんだ。駅まで人を迎えに行かなくちゃならないんでね」
「忙しいんだな」
まあね、と答え、駅の方角を仰ぎ見る。
「また会おう。相変わらず僕らのバンドはブルーレディで演奏している。ぜひ来てくれ。唯ちゃんもそこで歌ってる」
知っているよ、と唯音を見ながら微笑する。
知ってる?、と首をかしげる悠哉に、
「今日、少しだけ立ち寄ったんだ」
「薄情だなあ。声くらいかけてくれればよかったのに」
「時間がなかったからな。また必ず行くよ。じゃ」
軽く片手を上げ、踵を返す。
「……あの、本当にありがとうございました」
消え入りそうな声で告げる唯音に、振り向いてわずかに笑うと、彼は夜に溶け込んでいった。
残された唯音と悠哉も彼女のアパートに向かって歩き出した。遠回りになるが、できるだけ大きな通りを選ぶ。
「唯ちゃん、大丈夫かい? ケガは?」
「平気よ。ケガというほどのものはないわ。あの人が来てくれておかげで助かったの」
「たいしたことがなくてよかった」
悠哉は安堵の笑みをもらす。
「心配かけてごめんなさい」
「これからはもっと気をつけないと駄目だぜ」
はい、と神妙にうなずくと、唯音は何か思い出したように顎に手を当てた。
「そう言えば、あの人……」
「リュウかい?」
「ええ。わたしを助けてくれた時、すごかったわ。拳法かしら、ひとりで三人の西洋人を負かしてしまったの」
感嘆と共に、あの鞭のようにしなやかな動きが脳裏に甦 ってくる。
「何をやってる人なの?」
「前はクラブでピアノを弾いていたけど」
「ピアニストなの?」
「以前はね。今は知らないな。僕も久しぶりに会ったんだ」
意外な取り合わせに唯音は小首をかしげた。戦っていた彼と、ピアノとがうまく結びつかなかった。
二人はこつこつと夜の通りを歩き、赤レンガ造りのアパート、唯音の部屋の前まで来て鍵を開けた。
「それじゃ、僕はこれで」
「どうもありがとう、悠哉さん」
唯音の瞳を見つめ、彼はそっとたずねかける。
「大丈夫だね?」
唯音は小さく、こくりとうなずいた。
「明日、また迎えに来るよ。今夜は何も考えずにゆっくり眠るといい」
「そうするわ。おやすみなさい」
この異国の街で、誰よりも自分を気づかってくれるひと。
彼の優しさに唯音はうっすら微笑 んだ。

「仕事で上海を離れていたんだ」
「どこへ行っていたんだい?」
「あちこちさ。だが、また当分はこの街だ。よろしく」
「こちらこそ。また一緒に演奏をやりたいな」
笑いあった後、彼は腕組みをして悠哉に告げた。
「君がついていれば彼女は心配ないな」
「ああ、僕が家まで送っていくよ」
「そうしてくれ。すまないが、もうひとつ予定があるんだ。駅まで人を迎えに行かなくちゃならないんでね」
「忙しいんだな」
まあね、と答え、駅の方角を仰ぎ見る。
「また会おう。相変わらず僕らのバンドはブルーレディで演奏している。ぜひ来てくれ。唯ちゃんもそこで歌ってる」
知っているよ、と唯音を見ながら微笑する。
知ってる?、と首をかしげる悠哉に、
「今日、少しだけ立ち寄ったんだ」
「薄情だなあ。声くらいかけてくれればよかったのに」
「時間がなかったからな。また必ず行くよ。じゃ」
軽く片手を上げ、踵を返す。
「……あの、本当にありがとうございました」
消え入りそうな声で告げる唯音に、振り向いてわずかに笑うと、彼は夜に溶け込んでいった。
残された唯音と悠哉も彼女のアパートに向かって歩き出した。遠回りになるが、できるだけ大きな通りを選ぶ。
「唯ちゃん、大丈夫かい? ケガは?」
「平気よ。ケガというほどのものはないわ。あの人が来てくれておかげで助かったの」
「たいしたことがなくてよかった」
悠哉は安堵の笑みをもらす。
「心配かけてごめんなさい」
「これからはもっと気をつけないと駄目だぜ」
はい、と神妙にうなずくと、唯音は何か思い出したように顎に手を当てた。
「そう言えば、あの人……」
「リュウかい?」
「ええ。わたしを助けてくれた時、すごかったわ。拳法かしら、ひとりで三人の西洋人を負かしてしまったの」
感嘆と共に、あの鞭のようにしなやかな動きが脳裏に
「何をやってる人なの?」
「前はクラブでピアノを弾いていたけど」
「ピアニストなの?」
「以前はね。今は知らないな。僕も久しぶりに会ったんだ」
意外な取り合わせに唯音は小首をかしげた。戦っていた彼と、ピアノとがうまく結びつかなかった。
二人はこつこつと夜の通りを歩き、赤レンガ造りのアパート、唯音の部屋の前まで来て鍵を開けた。
「それじゃ、僕はこれで」
「どうもありがとう、悠哉さん」
唯音の瞳を見つめ、彼はそっとたずねかける。
「大丈夫だね?」
唯音は小さく、こくりとうなずいた。
「明日、また迎えに来るよ。今夜は何も考えずにゆっくり眠るといい」
「そうするわ。おやすみなさい」
この異国の街で、誰よりも自分を気づかってくれるひと。
彼の優しさに唯音はうっすら
