第79話 少しだけ
文字数 804文字
「ここは危ない。歩けますか? どこか安全な場所に避難しないと」
悠哉の言葉に、母親はあきらめたように首を振った。
「わたしはもういいんです。ただ、お願いです。美夜だけでも安全なところへ連れて行ってくださいませんか」
母親は哀願するように手を伸ばし、抱いていた美夜を降ろすと、悠哉はその手を取った。
「大丈夫ですよ。近くに病院があるでしょう? あそこに行きましょう」
「でも、わたしは……」
「僕がおぶっていきますよ」
「本当に、ここも戦場になるんでしょうか」
「わかりません。ただ、きのう戦闘があって、この虹口地区も危険なことは確かです」
沈黙する母親に、悠哉は努めて希望のある口調で語りかける。
「たとえ戦闘になったとしても、中立を保った病院なら軍も攻撃は避けるはずです。国際条約でも保証されている。それにあそこは高い塀にも守られているし」
不安げに自分のシャツをつかむ美夜の頭をなでると、悠哉は母親に手を差し出した。
「さあ、僕につかまって。がんばって起きてください。何か、持ち出すものはありますか」
「枕もとにリュックがあります。美夜に持たせてください」
母に言われたように、美夜が小さな背にリュックを背負う。
「美夜ちゃん」
母親のやせ細った体を背負うと、悠哉は美夜に笑いかけた。
「今から、お兄ちゃんは美夜ちゃんのお母さんを病院に連れていくからね。美夜ちゃんも一緒に行こう」
幼い瞳が悠哉を見上げ、こくん、とうなずく。
「外には人が大勢いるから、迷子になると大変だ。お兄ちゃんと離れちゃいけないよ」
「うん」
「いい子だね。さあ、行こう」
背負った母親と小さな美夜と共に悠哉は歩き出した。
母親は弱っている。早く医者に見せなければ。
知ってしまった以上、置き去りにしていくことはできなかった。
──唯ちゃん、少しだけ待っていてくれ。
病院はここから近い。母親と美夜を送りとどけてから唯音のもとへ急いでも何とかなるはずだった。
悠哉の言葉に、母親はあきらめたように首を振った。
「わたしはもういいんです。ただ、お願いです。美夜だけでも安全なところへ連れて行ってくださいませんか」
母親は哀願するように手を伸ばし、抱いていた美夜を降ろすと、悠哉はその手を取った。
「大丈夫ですよ。近くに病院があるでしょう? あそこに行きましょう」
「でも、わたしは……」
「僕がおぶっていきますよ」
「本当に、ここも戦場になるんでしょうか」
「わかりません。ただ、きのう戦闘があって、この虹口地区も危険なことは確かです」
沈黙する母親に、悠哉は努めて希望のある口調で語りかける。
「たとえ戦闘になったとしても、中立を保った病院なら軍も攻撃は避けるはずです。国際条約でも保証されている。それにあそこは高い塀にも守られているし」
不安げに自分のシャツをつかむ美夜の頭をなでると、悠哉は母親に手を差し出した。
「さあ、僕につかまって。がんばって起きてください。何か、持ち出すものはありますか」
「枕もとにリュックがあります。美夜に持たせてください」
母に言われたように、美夜が小さな背にリュックを背負う。
「美夜ちゃん」
母親のやせ細った体を背負うと、悠哉は美夜に笑いかけた。
「今から、お兄ちゃんは美夜ちゃんのお母さんを病院に連れていくからね。美夜ちゃんも一緒に行こう」
幼い瞳が悠哉を見上げ、こくん、とうなずく。
「外には人が大勢いるから、迷子になると大変だ。お兄ちゃんと離れちゃいけないよ」
「うん」
「いい子だね。さあ、行こう」
背負った母親と小さな美夜と共に悠哉は歩き出した。
母親は弱っている。早く医者に見せなければ。
知ってしまった以上、置き去りにしていくことはできなかった。
──唯ちゃん、少しだけ待っていてくれ。
病院はここから近い。母親と美夜を送りとどけてから唯音のもとへ急いでも何とかなるはずだった。