第87話 迷宮
文字数 737文字
破られたドア。開け放たれた窓からは激しい雨が吹きこんでいる。室内はめちゃくちゃにされ、ベッドの下からは鞄が引きずり出されて
その様子を見て、リュウはますます眉をひそめた。
部屋が荒らされ、唯音の姿はなく、避難のためにまとめてあった荷物が放置されているのだ。
床に散乱した家具を避けて奥の部屋まで進むと、小さなベランダと非常階段が眼にとまる。
しばらく考えこんでいた彼は、やがて出口に向かって
あてがあるわけではなかったが、この近辺を捜してみようと彼はアパートを出た。
路地から路地を走り、建物の陰で唯音は足を止めた。
激しく息をはずませながら、壁に寄りかかる。汗が流れ落ち、心臓が破裂しそうだった。
ひとまず追手の気配は消えていた。唯音はあたりを見回し、そこで初めて自分が元の場所──アパートの近くに戻ってきていることに気づいた。
堂々巡りして、まるで
閉ざされた出口のない迷路。
どこへ行けばいいのか見当もつかなかった。避難しようとしていた共同租界は爆撃を、黒煙を立ち昇らせているのだ。
壁にもたれたまま、唯音は顔をしかめ、右腕を押さえた。逃げる途中で撃たれた傷だ。
逃げている間は夢中だったが、危機がひとまず去ると、傷は灼けつくように痛み、ブラウスを血に染めていく。
ふっと彼女の顔に自虐的な笑みが浮かんだ。
このまま死ぬかもしれない。いや、その可能性の方がはるかに高い。
息をついて共同租界の方を仰ぎ見る。ブルーレディに避難したみんなはどうしただろう。
廃墟のようにがらんとした街。世界中から取り残されてしまったような、恐ろしいほどの孤独感。