有希の冒険 喜津根温泉にて(1)

文字数 2,291文字

 有希はヌルデ村から、そのまま沼藺(ぬい)の作った『狐の抜け穴』を通り、彼女に案内される形で喜津根温泉へと移動している。

 沼藺(ぬい)によると、今宵はここで一泊し、明日の朝、政木屋敷を訪れて大刀自に謁見する予定になっているらしい。
 因みに……、
 今回、政木の大刀自との謁見の段取りばかりでなく、有希の部屋の予約など、宿泊に関する一切の手続きは全て沼藺(ぬい)が手配してくれている。
 勿論、実質の作業は政木家中の狐侍が行ったのだろうが、矢張り、その指示をした彼女には感謝すべきだろうし、沼藺(ぬい)の地位があったればこそ、急な予約にも関わらず、これだけの部屋と、今晩の豪華な食事の手配が出来たのだと有希は思う。

 さて、その有希の部屋であるが……。
 今夜の宿とする喜津根ホテルは、老舗ホテルらしい落ち着いた趣きのある純和風の部屋から、展望を楽しむことの出来る明るいスイートルーム、雄藩の家中の者たちの大宴会ですら出来るであろう大広間など、多彩なニーズに応えられる様、バリエーション豊かな部屋や設備が整っている。
 そんな中、有希は未成年の為、宴会場に一席設けると云う訳にも行かないだろうと、沼藺(ぬい)は奥の人の来ない、こじんまりとした部屋を用意してくれていた。
 ここは小説家などが執筆の為、こっそりと籠るのによく使われるとのことで、仄暗く鄙びた雰囲気の中にも、調度品や一寸した置物などに細やかな配慮が感じられる、贅沢な小部屋であった……。

 有希はチェックインを済ませると、先ず部屋を確認したいと、沼藺(ぬい)に部屋まで連れて行って貰っている。

 その部屋は、日暮れには未だ時間もあり、カーテンで閉ざされたにも関わらず、仄かな明かりに包まれていた。
 有希と沼藺(ぬい)は、部屋に入ると、先ずカーテンを開き、奥のガラス戸越しの景色を2人並んで確かめた。そこはホテルの一番奥の部屋に当たるらしく、窓からは何十メートルも下を流れる渓流や、その川向うの斜面に広がる緑の木々、そして、その遥か向こうには、幾重にも連なった青々とした連峰が青い空を背景に薄っすらと姿を現している。

「いい景色ですね。本当、素敵!」
 そう言いながら、有希は沼藺(ぬい)に向かってニッコリと微笑んだ。
「気に入って貰えて良かった……」
 そこで有希は、沼藺(ぬい)が思いも寄らないことを訊いてくる。
「ねぇ、沼藺(ぬい)さん。うちのパパって、高校生ぐらいの歳だったら、格好いいと思う?」
「え?」
沼藺(ぬい)さんが、付き合ってもいいって風に思うかなって……?」
「さぁ、どうかしら……。そうなってみないと、私にも分からないわね……」
 沼藺(ぬい)は殆ど考えもせず、興味無さそうにあっさりと答える。有希は、沼藺(ぬい)が変に思うといけないので、これ以上、父親のことは訊かないことにした。

沼藺(ぬい)さんも、今日はここに一緒に泊まって頂けるの?」
「ご免なさい。私はこれから、屋敷で色々としなければならないことがあるの……」
「忙しいのね、沼藺(ぬい)さんって」
「ええ。でも、私が頑張れば、私たち妖怪と有希ちゃんたち人間が、ずっと仲良く暮らせる世界がきっと来る……。私はそう思っているの。その為だったら、少しぐらいのことで大変だなんて、言ってられないわ……」

 沼藺(ぬい)は窓の外を眺め続けている。
 有希は景色にも飽きたのか、部屋の中央にある卓袱台に戻り、2人分のお茶を準備し始めた。
「でも沼藺(ぬい)さん。そう云うのって、誰か1人が頑張るんじゃなくて、みんなで頑張るべきだと思うよ。1人で頑張っても、きっと上手く行かないよ……」
「うん。有希ちゃんの言うことは正しい。でもね、誰もが人間とのことを理解している訳じゃないのよ……。オサキの里みたいに、充分に教育が行き渡っていない土地もあるの。そう云う人たちから、人間に対する偏見を無くすのは、とても難しいことだわ……」
 有希は、オサキの里の人たちと、それを襲っていた人間のことを思い出した。
 彼らが人間を怖れているのは、偏見からだけなのだろうか……。

 沼藺(ぬい)は言葉を続ける。
「私ね、政木の大刀自様の本当の孫じゃないの……。大刀自様には、お子様がいらっしゃらなくて、父上様もご養子だし、私も父の養女なの……」
「……」
「私、数多くの狐の中から、一番優れた娘として選ばれて、政木の養女になったの……。
 私、おばあ様から選ばれたのよ!!
 おばあ様は、優れた能力を持つ私を選んだ。でも、その能力は神様が私を選んで与えたもの……。私は神様に選ばれた……」
「……」
「ええ、勿論自慢よ……。
 でも、その自慢は責任も伴っているの。私はその責任を果たす義務がある。全ての妖狐を導く者として、そして、全ての妖狐が幸せに暮らしていける世界を作る為の、礎となる者としての義務が……」

 有希は、沼藺(ぬい)の言葉に違和感を感じている。何かが違うと思う。だが、沼藺(ぬい)からは、私利私欲や悪意の欠片など微塵も感じない。自分などより遥かに立派な考え方だ。
 それでも有希は、沼藺(ぬい)の考え方に、何か納得できないものを感じていた。

「ご免、つまらない話を聞かせちゃったね。私、屋敷に戻るから、有希ちゃんは、のんびりしていってね。明日、迎えに来るからね」
「寝坊しないかしら?」
「大丈夫よ。ここは政木の領内。時間は過ぎないわ。あなたが起きた時が朝。そして、何日滞在しようとも、その日の朝が、次の日の朝になるから……」
 沼藺(ぬい)はそう言うと、カーテンを閉じて窓から離れた。そして彼女は、有希の脇をすり抜けて、部屋の反対側に歩いて行く。
 そうして襖を開き廊下に出ると、沼藺(ぬい)は有希に手をあげて別れの挨拶をした。
「じゃ、また明日会いましょう」

 その後暫の間、有希は沼藺(ぬい)の閉めた襖をじっと眺めていた……。
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登場人物紹介

新田有希


新田純一と美菜の娘。耀公主に匹敵する悪魔能力を有し、伝説の乙女の力を受け継ぐ最強の大魔法使い。

新田純一(要鉄男)


時空を放浪している大悪魔。偶然、訪れたこの時空で、対侵略的異星人防衛システムの一員として、異星人や襲来してくる大悪魔から仲間を護り続けていく。

新田美菜(多摩川美菜)


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属するエリート女性隊員。養父である新田武蔵作戦参謀の命に依り、新田純一の監視役兼生け贄として、彼と生活を共にする。

蒲田禄郎


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊隊長。本人は優柔不断な性格で隊長失格と思っているが、その実、部下からの信頼は意外と厚い。

沼部大吾


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する古参隊員。原当麻支部屈指の腕力の持主。

鵜の木和志


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。非常識な言動で周りを驚かせることもあるが、銃の腕と熱い心には皆も一目置いている。

下丸子健二


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。原当麻基地でも屈指の理論派。

矢口ナナ


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する入隊一年目の若手女性隊員。明るく誰とでも仲良くなれる性格。

藤沢耀子


新田純一と同じ悪魔能力を持つ彼の妹。

月宮盈(耀公主)


耀子が住み着いている時空に先住していた悪魔殺しの大悪魔。耀子と鉄男に自らの能力をコピーさせた。

アルウェン・フィ・ミメ(アルウェンスピリット)


太古の昔に存在したとされる善為す処女。無敵の魔法とミメの太刀と云われる小太刀の技の使い手。

白瀬沼藺


鉄男の恋人であった雷獣・菅原縫絵の生まれ変わり。妖狐の術と雷獣の力を併せ持つ。通称霊狐シラヌイ。

政木沼藺


鉄男の時空の沼藺。この時空では、オシラサマの養女ではないらしい。

政木風花


政木沼藺の義理の妹。

政木の大刀自(政木狐)


妖怪層、政木領を統べる仙籍の肩書を持つ妖狐界の大立者。他時空の政木狐と記憶を共有できると言う。

逢坂早苗(旧姓小野)


耀子と鉄男が東京協立大付属中学に編入して以来の耀子の大親友。

真久良


オサキの里、ヌルデ村の棟梁である妖狐。

城兼


オサキの里、ヤマハゼ村の棟梁である妖狐。

ルナルド


オサキの里、ヌルデ村に住む妖狐の少年。

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