有希の冒険 模造品(5)

文字数 2,032文字

 沼藺(ぬい)と純一は、後の先を取ろうと考えているのか、どちらも全く動かない。純一に至っては構えすら禄に取っていない。

 純一の戦意の無い態度に、沼藺(ぬい)は冷ややかな笑いを浮かべる。
「どうしたの? 闘わないの?」
「どうも、か弱い女の子相手に本気になれないんですよ……。例え、相手が妖怪の女の子だとしてもね……」
 その彼の返事は、プライド高い沼藺(ぬい)の神経を(いた)く逆撫でした。
 怒りに燃える彼女は、純一に向かい一気に拳を振り回し攻勢を仕掛けてくる。しかし、その単調な攻撃は、純一には(かす)ることすら出来ない。彼はバックステップを踏みながら、フットワークとスウェーバックだけで全てを軽く()けていく。
「止めて! パパ! どうして、そんな、弱いもの(いじ)めなんかするの?!」

 純一の戦闘力も、沼藺(ぬい)の戦闘力も、有希は両方とも感じることが出来た。
 確かに両方とも有希への脅威では無かった為、正確な力量までは計れない。しかし、力の大小比較であれば、計ることだけは何とか出来る。そして、その精度の悪い状態であっても、有希には、どちらが勝つかだけは確実に言うことが出来た。その理由は明確。2人には天と地ほどの力の差があったからだ。

 しかし、味方である筈の有希の叫びは、より一層沼藺(ぬい)の癪に障った。
 最初、有希の父親が相手であったので、相手に大きな怪我をさせず、負けを認めさせて決着を付ける肚心算だった。
 だが、相手は彼女の攻撃を嘲笑う様に、容易くそれを(かわ)し、一向に拳を当てることが出来ない。それだけではない。純一、そして有希の言葉を聞いた怒りで、沼藺(ぬい)は相手が人間だと云うことすら忘れる程、自分を見失っていた……。
 沼藺(ぬい)は妖力での攻撃を始めた。

紫陽花(あじさい)灯籠(どうろう)」と、両手を水平に開いてそう叫ぶ。沼藺(ぬい)の得意技だ。
 無数の青紫色の狐火が、咲き乱れる紫陽花の様に純一の周囲をぐるりと取り囲む。しかし、純一は一向に驚いた素振りも見せず、地面の砂を右手に掴み、自分の頭上にパアっとばら撒いた。
 それは、力士が塩を撒く姿の様でもあった。砂は純一の周りに出来た旋風に巻き上げられ、何時までも彼の周囲を漂っている。
 沼藺(ぬい)は開いた両手を、自分の胸の前で交差させる。それは狐火への攻撃指令だ。しかし、その火の玉は沼藺(ぬい)の意図と異なり、純一に向かう途中で全て炎を掻き消されてしまっていた。
 呆然とする沼藺(ぬい)に、純一がその種明かしをする。
「これは耀子の技なんですけどね、冷却した砂を宙に舞わせ、気流を使って自分の周りをガードさせる。まぁ、冷気のバリアみたいな防御法ですよ」
 彼女の得意技をいとも簡単に防いでおきながら、純一は当たり前な表情をしている。沼藺(ぬい)は怒りがどんどん増加し、もう抑えることが出来ない。
妖樫(あやかし)!」
 沼藺(ぬい)はそう叫んで、両手に木の双剣を呼び寄せた。

 羽々斬(はばきり)妖樫(あやかし)……。
 純一はその武器も、その武器の恐ろしさも知っている。この剣は相手の皮は斬らずとも、内部の肉や骨を斬ると云う変幻自在の妖刀なのだ。
 ただ、その使い手は、純一に比べ、余りに熟練度が足りなかった。そして、その使い手は純一の恐ろしさを全く知らなかった。
 純一に思いっきり斬りかかった沼藺(ぬい)だが、彼女は寸前で相手に近づくことが出来なくなった。純一が防いだのでも、沼藺(ぬい)がそれを控えたのでも無い。妖樫自身が、剣の意志を持って攻撃を()めたのだ。
「な、何をしたの?」
「何も今はしていませんよ。剣自身が僕を怖がって逃げたのです。分かりませんか? 僕の周りには空気の壁があるのですよ。今度は空気を圧縮してみました。少し加熱もしましたけどね……。その剣は高熱の空気の壁を恐れたのです」
「く、くっ……」
 沼藺(ぬい)は妖樫を無理矢理前に出そうとしたが、剣が抵抗し前に動こうとしない。純一はふっと手を動かし、熱気の壁を少し周りに広げる。もうそれで充分だった。剣は大鋸屑(おがくず)の様に粉々になると、沼藺(ぬい)の意志を無視して淡雪の様に消えて行った。

「どうです? もう、あなたには勝ち目は無いでしょ? もう負けを認めてください。終わりにしましょうよ」
 そう言われて、「はい」と言う沼藺(ぬい)でもない。それにもう、彼女には戦士としてのプライドしか残されていなかった。ここで負けを認めたら、それすら失ってしまう。もし、これを失ったら、彼女にはもう生きている価値が無い。沼藺(ぬい)はそう考えた。
「テツ、何を遊んでいるのだ? 早く片を付けろ。その子狐に自分が無力だと云うことを、はっきり分からせてやれ!!」
 耀子が戦士の出入口から指示を出す。
 本来、ここは戦闘中、太い木の柵で閉じられるものだ。だが、観客席から平然と飛び込んでくる様な戦士たちの闘いでは、もう、それも意味がなく、柵はずっと閉じられないままであった。

「分かったよ……。五月蝿いなぁ……」
 純一は面倒臭そうに妹に答えると、今度は沼藺(ぬい)の方に向き直った。純一の表情は先程より少し目付きが厳しくなっている。

「仕方ないなぁ……。悪く思わないでくださいね。あなたを嬲り殺しにすることを……」
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登場人物紹介

新田有希


新田純一と美菜の娘。耀公主に匹敵する悪魔能力を有し、伝説の乙女の力を受け継ぐ最強の大魔法使い。

新田純一(要鉄男)


時空を放浪している大悪魔。偶然、訪れたこの時空で、対侵略的異星人防衛システムの一員として、異星人や襲来してくる大悪魔から仲間を護り続けていく。

新田美菜(多摩川美菜)


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属するエリート女性隊員。養父である新田武蔵作戦参謀の命に依り、新田純一の監視役兼生け贄として、彼と生活を共にする。

蒲田禄郎


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊隊長。本人は優柔不断な性格で隊長失格と思っているが、その実、部下からの信頼は意外と厚い。

沼部大吾


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する古参隊員。原当麻支部屈指の腕力の持主。

鵜の木和志


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。非常識な言動で周りを驚かせることもあるが、銃の腕と熱い心には皆も一目置いている。

下丸子健二


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。原当麻基地でも屈指の理論派。

矢口ナナ


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する入隊一年目の若手女性隊員。明るく誰とでも仲良くなれる性格。

藤沢耀子


新田純一と同じ悪魔能力を持つ彼の妹。

月宮盈(耀公主)


耀子が住み着いている時空に先住していた悪魔殺しの大悪魔。耀子と鉄男に自らの能力をコピーさせた。

アルウェン・フィ・ミメ(アルウェンスピリット)


太古の昔に存在したとされる善為す処女。無敵の魔法とミメの太刀と云われる小太刀の技の使い手。

白瀬沼藺


鉄男の恋人であった雷獣・菅原縫絵の生まれ変わり。妖狐の術と雷獣の力を併せ持つ。通称霊狐シラヌイ。

政木沼藺


鉄男の時空の沼藺。この時空では、オシラサマの養女ではないらしい。

政木風花


政木沼藺の義理の妹。

政木の大刀自(政木狐)


妖怪層、政木領を統べる仙籍の肩書を持つ妖狐界の大立者。他時空の政木狐と記憶を共有できると言う。

逢坂早苗(旧姓小野)


耀子と鉄男が東京協立大付属中学に編入して以来の耀子の大親友。

真久良


オサキの里、ヌルデ村の棟梁である妖狐。

城兼


オサキの里、ヤマハゼ村の棟梁である妖狐。

ルナルド


オサキの里、ヌルデ村に住む妖狐の少年。

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