有希の冒険 模造品(8)

文字数 1,430文字

 沼藺(ぬい)、有希は驚きのあまり声が出ない。大全は俯き袖で顔を覆っている。

「要殿……」と、政木狐は右手を差し延べ、言葉を漏らす。
「大刀自様、申し訳ありません。しかし、彼女は真実を知るべきです。彼女がこうなっているのも、大刀自様が彼女に真実を伝えていないからではありませんか? それで、あなたが恨まれたり、また、彼女が傷つくのであれば、仕方の無いことです……。でも、僕は、彼女はそれを受け止めた上で、しっかりと前に進めると信じていますよ。だって、彼女は沼藺(ぬい)なのですからね……」

 純一は沼藺(ぬい)の前に立ち、彼女の目を見つめて話し始める。
沼藺(ぬい)、これから僕が言うことを良く聞け」
 沼藺(ぬい)は黙って頷く。
沼藺(ぬい)も知っている通り、政木の大刀自様は、別の時空の大刀自様と精神を交換することで、他の時空の出来事も熟知しておられる。そして、別時空の大刀自様との親交も深めておられ、そうやって、よく意見を交換されるそうだ。
 この時空の大刀自様は、僕の元の時空、そこの大刀自様と精神を交換した時に、自分の時空に無いものが在ることに気付かれた。それが大悪魔の耀子や盈さんの存在だ。だが、時空間での多少の違いは儘あるものの、別にそれは大した事じゃない……。それより、あの時空とは、もっと重大な差異があった。それが政木家の宋女、白瀬沼藺(ぬい)の存在だ。
 沼藺(ぬい)とは、僕の存在があって初めて存在できる者なのだろう。だから、この時空に沼藺(ぬい)は存在していない。ここの大刀自様は、それを(いた)く残念がった。そして、沼藺(ぬい)の存在を、非常に羨ましいと思い続けていた。
 そして、遂に我慢しきれなくなったここの大刀自様は、あちらの大刀自様と図って1つの禁呪を用いたのだ」
「禁呪?」
「ああ、それは難しい術ではないが、倫理的に議論のある術なんだ。大刀自様は自分の魔力の集まる臍下丹田の細胞を幹細胞化させ、それにあちらの沼藺(ぬい)の遺伝子を組み込んだ。そして、それは分裂を繰り返し、1人の少女へと変化していった……」
「まさか?」
「ああ。大刀自様は、それを1人の借母の胎内に納め、その子の成長を待った。養女とする為にね……。
 もう分かるだろう。それが君だ。
 君は見事に成長した。狐火の技に限って言えば、元の沼藺(ぬい)に勝るとも劣らない程に。
 だが、君はそこで成長を止めてしまった。君は妖怪と人間との問題、つまり、政治の世界に興味を集めていった。
 政木の大刀自様の望んだのは、そう云う君ではない。もっと強く、自らの妖力の後継者とも云うべき妖狐だ。
 勿論、政治に関わるのは悪いことではない。だが、君にはまだ早い。君はもっと修行すべきだ。だが、君は……」

 沼藺(ぬい)は、そこでニヤリと口元に笑いを浮かべた。数時間前の彼女からは想像も出来ない表情だった。そして、この事実を告げられた時の、あの驚きの表情とは全く異質の、何か醜い大人の世界を見てしまった子供の様な顔にも見えた……。
「よく、分かったわ。つまり、禁呪まで使って創ってみたけれど、満足できるものではなかった。だから、もうリセットしよう。あるいは遣り直そうと云うのね……」
沼藺(ぬい)、それは違う!」と、政木狐が叫ぶ。
「大刀自様、良いのです。私はあなたをお恨みなんか致しません。確かに、色々と無理してきたかも知れませんが……。でも、それはそれで、私は幸せでした。
 結局、私は偽物の模造品なのですね。本物からは見劣りするし、力も足りない……。そして、創られたものだから、不満であれば壊されても、文句なんか言えない……」
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登場人物紹介

新田有希


新田純一と美菜の娘。耀公主に匹敵する悪魔能力を有し、伝説の乙女の力を受け継ぐ最強の大魔法使い。

新田純一(要鉄男)


時空を放浪している大悪魔。偶然、訪れたこの時空で、対侵略的異星人防衛システムの一員として、異星人や襲来してくる大悪魔から仲間を護り続けていく。

新田美菜(多摩川美菜)


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属するエリート女性隊員。養父である新田武蔵作戦参謀の命に依り、新田純一の監視役兼生け贄として、彼と生活を共にする。

蒲田禄郎


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊隊長。本人は優柔不断な性格で隊長失格と思っているが、その実、部下からの信頼は意外と厚い。

沼部大吾


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する古参隊員。原当麻支部屈指の腕力の持主。

鵜の木和志


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。非常識な言動で周りを驚かせることもあるが、銃の腕と熱い心には皆も一目置いている。

下丸子健二


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。原当麻基地でも屈指の理論派。

矢口ナナ


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する入隊一年目の若手女性隊員。明るく誰とでも仲良くなれる性格。

藤沢耀子


新田純一と同じ悪魔能力を持つ彼の妹。

月宮盈(耀公主)


耀子が住み着いている時空に先住していた悪魔殺しの大悪魔。耀子と鉄男に自らの能力をコピーさせた。

アルウェン・フィ・ミメ(アルウェンスピリット)


太古の昔に存在したとされる善為す処女。無敵の魔法とミメの太刀と云われる小太刀の技の使い手。

白瀬沼藺


鉄男の恋人であった雷獣・菅原縫絵の生まれ変わり。妖狐の術と雷獣の力を併せ持つ。通称霊狐シラヌイ。

政木沼藺


鉄男の時空の沼藺。この時空では、オシラサマの養女ではないらしい。

政木風花


政木沼藺の義理の妹。

政木の大刀自(政木狐)


妖怪層、政木領を統べる仙籍の肩書を持つ妖狐界の大立者。他時空の政木狐と記憶を共有できると言う。

逢坂早苗(旧姓小野)


耀子と鉄男が東京協立大付属中学に編入して以来の耀子の大親友。

真久良


オサキの里、ヌルデ村の棟梁である妖狐。

城兼


オサキの里、ヤマハゼ村の棟梁である妖狐。

ルナルド


オサキの里、ヌルデ村に住む妖狐の少年。

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