有希の冒険 ヌルデ村の戦い(10)
文字数 1,396文字
殆ど戦力の無いオサキの里の侵略など、彼には容易い事の筈であった。怖いのは政木狐とその家臣だけだったのだが、彼らは今、国家を二分する騒乱に巻き込まれ、オサキの里どころではない。
何も問題ない筈であった……。
それが、今、彼の戦力は、自分以外もう誰も残っていない。余りに予想外だ。
それもこれも、偶然居合わせた大悪魔1匹のせいだ。そいつのことは恨んでも恨み切れない。ジザニはウィシュヌが倒された時点で、この大悪魔消滅を決意した。
しかし、その決断は、彼の野望を振り出しに戻す諸刃の剣でもあった。にも関わらず、彼は魔法の呪文を唱えたのである。
「もう全てを消滅させるしかない」と……。
ジザニも魔法が使える。それも彼は、相当高位の魔法使いだ。
もし彼が、ハンター王国などと云う野望を捨て、魔法学を学ぼうとしていたならば、魔法の権威になることも夢ではなかったろう。そうすれば、ハンター王国の王などより、遥かに人々の尊敬を集めていたに違いない。
だが……。
有希は、その呪文の完成前に、彼の居場所に辿り着いた。しかし、当然の如く彼の目前には魔法の盾が幾重にも施されている。
「大悪魔か。恐ろしいものだな。1匹で俺たちの組織を壊滅させるとはな……」
「もう止めませんか? お互い殺し合ってもつまらないでしょう? あの僧侶たちも皆生きています。恨みはお互い消えないと思うけど、憎しみを持って生き続けるなんて寂しいじゃないですか?」
「いや、俺は仲間を殺された恨みなんて、何も持っちゃいないぜ……」
「じゃ、何で……?」
「
「そんなこと止めて、人間世界で普通に暮らしては貰えませんか?」
「駄目だな。俺は今、自分の最強魔法の呪文を唱え終えた。折角だから、発動前にこの呪文の説明をしてやろう」
「今、私は『ブロードキャスト』の魔法を発動させています。あなたが何をしようとしているか、ハンター仲間にも伝わってしまいます。どうです、皆さんを助けて、ご一緒に人間界で仲間と暮らして見てはどうですか? きっと尊敬されますよ」
「無意味だな……。
この呪文はな、大気中の水素を集めて凝縮し、核融合を発生させるものなのだ。これが発動すれば、この層の付近一帯は、爆発の影響で焦土と化すに違いない。オサキの里も大悪魔も、政木の屋敷も全て消滅する」
「そんなことすれば、あなたの仲間も巻き込まれるのですよ!」
「だから言ったろう? 俺は奴らを仲間とは思っていない。流石の大悪魔も、核融合の爆発には耐えられまい? 万が一、爆発に耐えられたとしても、地面が無くなっては、もうどうにもならんだろう……。
さぁ、無駄話はお終いにしようか……」
ジザニはそう言うと、光の玉をそこに残し後ろに下がって姿を消した。彼はひとり、人間層に脱出したのである。
光の玉は段々と輝きを増し、どんどんと大きくなっていく。その発動してしまった魔法はもう停止させることなど出来ない。
有希は、ジザニを追うのを諦めて、この光の玉を何とかすることを選択した。この世界を守る為に……。